黒い翼を広げて
あれから……、満身創痍だったリアンは最後の力を振り絞り、残りの魔女たちに解毒薬を与えて回った。
そしてその元魔女たちは、やはり魔女の時の記憶はなかったものの、その直前にダナ教……フロディとニナに薬を飲まされたと証言。そしてミゼールをも人に戻したことで、世間ではリアンが本当の魔女だったのだと信じられ、あの時空と大地を揺るがせた清浄の雷もリアンが撃った事になっている様だ。
これにより、二百年に及ぶダナ教の支配は終わりを告げ、ニナは魔女ダナに背いた悪魔として一生を牢屋で過ごす事になった。壊れたニナがそれを苦痛に思う事もないだろうが、今後長く伝えられるであろう歴史である。
結局、ダナ教の支配が終わった事で、リアンの妹達は裕福な暮らしは出来ていない。しかし、誰一人どこかへ閉じ込められるような事もなく、小さな田舎で暖かな日々を過ごしている。
ハルはと言うと、相変わらず人気の少ない辺鄙な土地に新しい家を建て、解毒薬の研究をしている。脇腹の傷は消えないだろうが、他に後遺症もなく、至って元気だ。
「こんな辺鄙なとこでやらなくったってさ、教会でやれば良いじゃない。ミゼールも居るんだから」
元ダナ教本部は研究施設や演劇場として人々に解放されている。そこでなんと……ミゼールは女優をしている。ハッキリ言って女優としての演技力は皆無だがミゼールの美しさには十分な需要があった。大勢の人に見られることはミゼールにとっても楽しいらしく、青春を取り戻す様に楽しんで女優をやっている様だ。
「僕なりのけじめを付けるまでミゼールには会えないよ……。嫌われてるだろうしね」
試験管を光に透かしながら嫌われていると言うハルは、その言葉のわりにあまり悲観的ではない。
「教会じゃなくたってさ、言えないにしろ……デュナミスを作った天才魔法科学者ならどこ行ったって歓迎されんじゃないの?」
「いや、僕はまだまだ未熟だよリアン。見ただろう? ルシェの翼……、真っ白だったじゃないか。未だにどこで計算を間違ったのか分からないんだ。君やミゼールにはちゃんと黒が作用したのに……」
途端に研究者モードに入り、ううんと顎を抓みながら考え出すハル。すぐ面倒になったリアンが終わらせようとこう言った。
「あれは可愛かったからグッジョブよ。だってルシェは天使なんだもの。もともと黒いものがなきゃ羽だって染まらないわ」
「いやリアン、あの翼の黒はそう言う事じゃなくて……」
終わらなかった。そう言う事じゃない事くらいリアンにも分かる。
「はいはい! だからこそ希望があるんでしょうが! 未熟かどうかって事じゃなくてさ、世の中はあんたの想像を超えるくらい広いし深いし分かんねぇ~~って事よ! まだまだやれる事があるんだから! 行って来るわよ!」
黒い翼を広げ、この話しは終わりだとハルに分かってもらう。
「あっ、ああ! 気を付けておくれよ? 何度も言ったけどエフィル砂漠にはそこを根城にしている盗賊集団も居るし、獰猛な巨大サソリも出るんだ。そうじゃなくても昼と夜の寒暖差が……」
話題は変わってもハルがうるさいのは変わらなかった様だ。
「うっさいなー、何度も分かったって言ったでしょ。あたしは魔女リアン様よ」
「……君、結局飛ぶ事しか出来ない魔力ゼロ魔女じゃないか」
「うっっさいなー! とくにかく砂漠に咲くリルベルって花を持ってくれば良いんでしょ?」
「……ああ、試してみたいんだ」
ようやく、ハルは頷いて、リアンを送り出す。
「何でもやるわよ、あの子が戻って来るならね」
窓際に座り続けるルシェに視線を合わせて、リアンが力強く言う。
ルシェはただガラス玉の様な瞳で見詰めるばかりだが、そのガラス玉の奥に本当のルシェが居るのを感じる。だからリアンは黒い翼でどこへでも行く。その瞳にまた自分が映る事を信じて。




