それぞれの次手
何度も落ちそうになりながら、どうにかリアンはハルをぶら下げたまま崖上の家まで辿り着いた。当然、もはや安全な場所ではないが。
「……やられた……」
「ああ……」
未だ目覚めぬルシェのベッドの周りで二人はぼそりと言った。
「まさかあんなに不完全なデュナミスをミゼールに使うなんて……」
「あれってやっぱり不完全なの?」
もちろんとハルはすぐに頷いた。十分強力な魔法を見舞われたし、黒い翼で空も飛んだ。自我を失うのがデュナミスなのであればリアンが飲んだものより近い気もするがそうではないようだ。
「ミゼールが撃ったのは清浄の雷とは言えないよ。本物なら何の抵抗も出来なかっただろうね。翼だって歪だったし、あまりにも力の制御が出来ていない。どんどん、自分を壊して行く様だった……」
「ふぅん……でも結局、不完全なデュナミスであんな状態のミゼールを、民衆はダナだと信じた……。信じ込ませたフロディにやられたって話しよ」
忌々しそうに親指の爪を噛むリアン。フロディの気持ちよさそうな演説が思い出されて不愉快になる。ハルはと言うと、自分がもっと上手く民衆をコントロール出来ていればと自分を責める。
「僕のせいだ。言ってみれば条件は同じだったのに……」
「同じじゃないわよ! 相手はダナ教司祭、こっちは崖上の悪魔よ?」
「うん……だけど……」
「ほら、それにまぁ……あたしも下手だったかも知れないし」
「それは、そうだね」
「はぁ?!」
ハルがあんまり自分を責めるので、元気付けようと思って言った言葉に同意されてリアンはムッとする。何故なら本当はなかなか上手く出来たと思っていたからだ。
「ハルの方がもっと下手だったけどね! 男のくせに『わたし』なんて言っちゃってさ!」
「公の場では男も私って言うのが正しんだよ! 君なんて『われ』って言ってたじゃないか」
「古の魔女なんだからおかしくないじゃない!」
「なんかわざとらしかったよ。使い慣れてないなってすぐバレ……」
「うるっさい!!」
何だか思い返すと自分の芝居が恥ずかしくなって来て、リアンはパンと自分の太ももを叩いてハルを黙らせた。
「あたしの魔女に文句言う暇があったらミゼールを助けられる方法を考えなさいよっ!」
赤い瞳で真っ直ぐそう言われたハルは言葉を失う。
「だけどリアン……。ミゼールはもうデュナミスを投薬された。そして民衆はフロディとミゼールを信じている。一体この状況をどうやって……」
「ひっくり返すのよ! だってあいつらがミゼールに使ったのはデュナミスの出来損ないなんでしょ? 言ったじゃない、レシピがあったって仕上げが出来る人間がいないだろうって。あんたは天才魔法科学者なんでしょ?! ハル!」
「なに……」
肩を揺さぶってそう捲し立てるリアン。
「作りなさい……あたしがもっと強くなる、新しい薬を……、そう! スーパースペシャルデュナミスを……!」
「……新しい……薬……。あ……、ああ、そうか」
ハルの瞳が輝いた。
リアン達が去った後、ダナ教本部は速やかに怪我人達を収容していた。
そして、ダナの加護を授けると言う甘言と共に怪我人にある薬を与えるのだ。すべてを癒す、万能の薬だとして……。
「あう……あが……あががが……」
そうして薬を与えられた者は、ミゼール同様言葉を失い、背中にミゼールよりももっと歪な羽を生やした。人でも、魔女でもない、呼び方も戸惑う……いや、化け物……が、一番近い。
動く度に羽根が抜け落ちる者、口が閉じられないくらい顔が変形した者、歩いただけで膝が反対側に曲がってしまう者……。
しかし、そんな姿になっても、まるで命令を待つ様に魔女たちは真っ赤な瞳でフロディの方を見詰めていた。そのフロディの後方に、あの時同様ニナがその様子を伺っている。だが喜んで見たいものではないのだろう。おぞましそうに眉間に皺を寄せている。
「ふふ、みな私に忠実な可愛いダナの子らだ。……それにしても潜在魔力の差とは思ったよりも如実に表れるものだな。デュナミスが粗悪だからと言う事もあるだろうが……、翼と呼べる形を保っているものが少ない。特に男はほぼ使えぬな」
本来男に使う薬ではないのだから当然と言えば当然だ。フロディにとってもこれくらいは想定内だったのか、いくら顔の変形した化け物が呻き声を上げても動揺する素振りは見せない。それどころかククと笑ってこう続ける。
「ニナ、こう言うのはどうだ? この者達は間近で魔女の戦いに巻き込まれ魔光を浴びた……死ぬ運命だった者たちだ。ダナの加護虚しく、この者達は死に、ダナの力で再び生まれ変わった。ダナを守る戦士として……」
うんうんと顎を撫でるフロディにニナが言う。
「魔光とは何でしょう?」
「その辺は何でも良い。ダナはもともと我々が作り出した虚像なのだから。人は信じたいものを信じる。それを与えてやるのが我々の神命だ」
「……」
そう、多少強引でも、フロディにとってはリアンとハルを確実に消す事の方が重要なのだ。ミゼールを魔女ダナに仕立て上げれば、危険因子はその後でいくらでも綺麗に出来る。この街をすべて綺麗にしても良い。いや、そうすべきだとフロディは考えていた。
「居ない可能性もあるが……早々にあの崖上に向かわせよう。あまりあれを休ませるな」
そう言うとフロディはカッと靴を鳴らせて歩き出すのだった。




