6 秀才と乱暴者
昼食のあと、早く食べ終えたエドガーは一人で中庭に出た。
最近いつも一緒にいるトマスは食べるのが遅いので、昼は特に待たないことにしている。
石の回廊を抜け、枯れ芝を踏んでベンチに寄ると、背後から声が飛んだ。
「おい、秀才!」
エドガーは軽く後ろを向いたが、すぐにベンチに視線を戻した。
「おい、秀才! お前だよ、呼んでるんだから返事しろ!」
黒髪を揺らして渋々振り返ると、金の髪に黄色のマフラーを巻いた少年――シェイド・カーマインが腕を組んで立っていた。
「知らなかったら申し訳ないけど、僕の名前は“秀才”じゃないんだ。
それとも、僕じゃない誰かのこと?
君の名前は?」
「クラスメイトの名前も覚えてないのか?」
シェイドが顔を真っ赤にして近づいてくる。
エドガーはゆっくりと後ろに下がった。
「君は僕の名前を知らないみたいだったから、お互いに自己紹介が必要かと思ってね」
「俺はシェイド・カーマインだ! お前はエドガー・レイブンズだろ!?」
「御名答。
なんだ、知ってるじゃないか。最初からエドガーって呼んでくれれば返事したのに」
「口が減らないやつだな!
ふん、お前、最近トマスと仲良くしてるんだって?
あんなやつといたらバカがうつるぞ」
エドガーは眉をひそめた。
シェイドの顔にはあからさまな嘲りが浮かんでいる。
「僕が誰と仲良くしようが、君には関係ないだろう」
エドガーが肩をすくめて言うと、シェイドは鼻を鳴らした。
「学年一の秀才が、あんな変わり者とつるんでるなんて風紀が乱れる」
冬の風が、本を持つエドガーの手を冷たくしていく。
黒い髪がさらりと揺れた。
「そんなことで乱れるような風紀なら、もとから壊れてるよ」
じり、とエドガーが場所を変えると、シェイドも距離を詰めてくる。
「お前、トマスの変人ぶりを見ても何も思わないのか?」
エドガーはちらと校舎の方を見た。
赤煉瓦の壁の向こう、職員室の窓に担任のセオドア・ハーグリーヴズの姿がある。
「彼が変人? 君のほうじゃなくて?」
「俺なわけないだろ!」
その次の瞬間、エドガーはしゃがみ込み――
「わぁぁああああ!!!」
突然の大声に、シェイドは肩を震わせて固まった。
「え……?」
「シェイド君ひどいよ! どうして僕を叩くんだい!? 僕が何をしたっていうのさ!
ひどいよ!!」
顔を覆い、鼻をすするエドガーを呆然と見つめるシェイド。
「こら! カーマイン君! また君か!」
職員室の裏口から、セオドアが鬼の形相で駆けてきた。
「えっ!? ち、違っ……!」
セオドアはエドガーを庇うように立ち、腰に手を当ててシェイドを睨む。
「真面目なレイブンズ君を叩くなんて、どういうことだね!」
エドガーはセオドアのウエストコートの裾をそっと摘む。
「先生、ぼ、僕、課題をやりたいんだ……」
弱々しく言うと、セオドアは一度だけ振り返り、優しい声で告げた。
「そうか。レイブンズ君は先に戻ってなさい」
エドガーは頷き、立ち上がる。
そしてセオドアの影に隠れながら、シェイドに向かってぴょこんと舌を出した。
「あいつ……!」
シェイドが怒って踏み出しかけたところを、セオドアが肩をつかむ。
「こら、カーマイン君!」
エドガーは二人を背に、駆け出した。
冷たい風が前髪を上げ、額が露わになる。
あまりの冷たさに思わず息を吐く。
白い吐息が、冬の空へゆっくりと溶けていった。




