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25 再会の午後


 その日、エドガー・レイブンズは調査官ルシアン・ヴェイルと共に、裁定院所有の馬車に揺られていた。


 車窓の向こうには、なだらかな丘と大きな湖。

 冬を迎えようとする霧の空の下、丘はどこまでも穏やかに続いている。

 牧草地では、牛やヤギがのんびりと草を食んでいた。


 ウィンダーミア村。――トマス・リンデルの住む村だ。

 都会の喧騒から離れた、湖畔の静かな集落。

 霧が深く立ちこめる冬の朝は、まるで世界がひとつの夢に包まれているようだと、エドガーは思った。


 ふと、隣の座席で船を漕いでいたルシアンが目を覚ます。

 眠気を追うように顔を擦り、窓の外を一瞥すると、ふっと笑った。


「……なに?」


 エドガーが視線を向けると、ルシアンは軽く肩をすくめる。


「いや、お前が笑ってたもんだからさ。

 冷静沈着な法務官殿も、友達に会うのはやっぱり嬉しいのかと思ってな」


 エドガーは指先で自分の頬に触れる。


「僕、笑ってた?」

「笑ってたよ」

「……そう。寄宿学校時代のことを思い出してたんだ」

「へぇ。さぞ可愛らしい坊っちゃんだったんだろ」

「君は本当に嫌味が得意だね」

「褒め言葉だ」


 ルシアンが笑うと、エドガーも思わず小さく笑みを返した。


 ◇◇◇


 一軒の邸宅の前で馬車が止まる。

 扉を開けるやいなや、明るい声が飛んできた。


「エドガー! 待ってたよ!」


 茶色の短いコートを羽織ったトマス・リンデルが、ふわりとした栗色の髪を揺らして駆け寄ってくる。

 少年の頃と変わらぬ笑顔だった。


「トマス・リンデルです」


「外部調査局のルシアン・ヴェイルと申します。本日はレイブンズ法務官に付き添い、相続品のお預かりに参りました」


「そうですか、よろしくお願いします。……さあ、中へどうぞ。大したものは出せませんが、お茶くらいはありますよ」


 トマスは眼鏡を押し上げ、穏やかな笑みを浮かべて先に立った。


 ◇◇◇


 応接室は小ぢんまりとしていたが、手入れが行き届いていた。

 厚手のカーテン越しに差す光は柔らかく、薪ストーブの火が静かに揺れている。

 壁には祖父母の肖像画が飾られ、窓際の棚には陶器や書物が整然と並んでいた。


 トマスがポットから紅茶を注ぎ、二人の前にカップを置く。

 エドガーとルシアンは並んでソファに腰かけ、その正面にトマスが座った。


 エドガーは革の書類ケースを開き、数枚の書類を取り出して差し出す。


「遺産分配を裁定院に委任する旨の確認書です。

 それから、品物の鑑定を依頼するため、一時的にこちらでお預かりします。その同意の署名もお願いします」


 トマスはペンを取りながら、にこにこと彼を見つめる。


「先日も思ったけど、仕事中のエドガーはほんとに凛々しいね」


「友人の前でもこの調子なんだ。許してやってください」


 ルシアンが横から口を挟むと、トマスは吹き出した。


 エドガーは眉を下げ、小さくため息をつく。


「……やりにくいな」


 その一言で、二人はまた笑い出した。


 ◇◇◇


 トマスの案内で、遺品を保管している倉庫へ向かう。


「実は僕もあまり中を見ていなくてね。裁定院に提出した一覧も、祖父が作ったものの写しなんだ」


 そう言いながら、錆びた南京錠を外し、重い木の扉を押し開ける。


「この木箱一つ分。多くはないと思うよ。

 父の話では、最近のものは鑑定書付きだそうだ」


 エドガーは革の手袋を外し、白い薄手の手袋に替える。


「鑑定書は写しを取らせていただきます。

 こちらでも改めて一覧を作成します。

 鑑定書のないものは、一時的にお預かりして鑑定に出します。よろしいですか?」


「もちろん。よろしいですよ」


 そのやり取りにルシアンがくすりと笑い、エドガーは眉をひそめる。


「悪かった悪かった。頼りにしてるよ」


 トマスは手を振りながら笑い、倉庫を出て行った。


 静かになると、外の風の音と木箱を開ける音だけが響いた。


「……よし、始めようか」


 エドガーはフロックコートを脱ぎ、袖をまくる。


「僕が一つずつ読み上げるから、君は記録して」

「了解」


 ルシアンが手帳を開く。


 二人は無言のまま、淡々と作業を始めた。


 午後の光が差し込み、古い木箱の上に、静かな埃が舞っていた。




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