表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/30

22 雪の夜の騎士


 ――どれほどの時間が経ったのだろう。


 三人は、ただ身を寄せ合っていた。

 空腹と寒気で、思考は鈍り、互いの呼吸の音さえ遠く聞こえる。


 吹き込む雪は止むことを知らず、白い粒が肩や髪に積もっていく。

 寒さと眠気と諦めが、ゆっくりと混じり合っていた。


 ――ガチャリ。


 重い鍵の音。

 三人は一斉に顔を上げた。青ざめた唇がわずかに震える。


 扉の向こうから、ランプの光が差し込む。

 入ってきたのは学校長だった。

 痩せた頬に淡い光が当たり、不気味な影が壁に伸びる。


「おや……まだ生きていたのか」


 その声に、エドガーの眉がぴくりと動いた。


 学校長は冷ややかな笑みを浮かべたまま、踵を返そうとする。

 エドガーは震える声を振り絞った。


「なぜ……こんなことをするのですか!」


 声は掠れて、今にも途切れそうだった。

 学校長は気だるげに振り返り、ランプを持つ手を少し傾ける。


「君たちね、知らないほうが幸せなこともあるんだよ」


「あの陶器の杯が、本物だからですか!?」

 鋭い問いに、学校長の瞳が一瞬だけ光った。


「……さあ、何のことだか」

「隠してどうするつもりなんですか!」


 学校長の表情が歪む。


「うるさい子どもだ」


 その声には、初めて露わになった苛立ちが滲んでいた。

 彼は一歩、床を踏みしめて近づく。


「秘密を嗅ぎ回った君たちが悪い。――いい気味だ」


「なっ……!」


 エドガーが立ち上がった瞬間、部屋の空気が震えた。


 強い風が巻き起こり、雪と塵が舞い上がる。

 ランプの炎が大きく揺らぎ、光が壁に乱反射する。


 そこに――霧のような影が形を取った。


 白銀の鎧をまとい、長い髪を高く束ねた騎士が立っていた。

 輪郭はぼやけ、透けている。

 だが、確かにそこに「存在」がある。

 冷たい圧が空気を満たし、息を吸うことさえためらわれた。


 学校長の目が見開かれる。


「な、なんだ……これは……!」


 騎士は無言のまま、学校長を見据え、ゆっくりと剣を抜いた。

 霧のような刃が青白く輝く。


 風が一瞬止み――次の瞬間、雪煙が爆ぜた。


 学校長の悲鳴が上がり、手からランプが落ちて砕ける。

 橙の光が消え、残ったのは青白い霧の光のみ。


 騎士は一歩、彼に近づき、剣を振り下ろす。

 刃は衣を裂くことなく、その前で止まった。

 だが、凍てつく風が頬を叩き、学校長は膝をついた。


 その一瞬を逃さず、シェイドが立ち上がる。


「行くぞ!」


 彼はエドガーとトマスの腕を掴み、開け放たれた扉へと駆け出す。

 吹き荒れる雪の中を走り抜ける。


 振り返ったエドガーの瞳に、騎士の姿が映った。


 彼は静かに口角を上げ、微かに頷いた。


「……え?」


 エドガーが声を漏らすと、騎士は霧のように溶けて消えた。

 残されたのは、床に倒れた学校長と、割れたランプだけだった。


 ◇◇◇


 三人は息を切らせ、トマスの寮の部屋に転がり込んだ。

 誰もいない部屋の暖かさが、夢のようだった。


 しばらくの間、三人とも言葉を発せず、ただその場に座り込む。


 静寂の中、トマスが嗚咽を漏らした。

 エドガーがそっと手を伸ばし、彼の背を撫でる。


「……怖かった」

「……うん」


 シェイドも隣に腰を下ろし、震える手でトマスの肩を掴んだ。


「……俺も、怖かった」

「怖かったね……」


「手と足が……かゆい」


 シェイドが苦笑混じりに言う。


「しもやけだよ」


 エドガーがふっと笑うと、二人も力なく笑った。


 トマスの涙が頬を伝い、ぽたりと床に落ちる。


「助かったんだ……本当に……死にそうだった……」


 エドガーは彼の肩を抱き寄せた。

 その上から、シェイドも腕を回す。


 三人は互いを抱きしめ合い、声を合わせて小さく泣いた。


 外では、雪が静かに降り続いている。

 遠くの廊下を、誰かの足音が通り過ぎたような気がした。

 だが、それはすぐに霧のように消えていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ