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23 祈りの場所


 翌朝。

 三人は不安な面持ちで特別教室に入った。

 教室にはすでに何人かの上級生がいたが、彼らは何も知らない様子で、いつも通りに談笑していた。

 その普通さが、かえって胸に重く響く。


 エドガーたちはほとんど言葉を交わさず、席についた。

 窓に打ちつける雪の音が、静かに部屋を包み込んでいる。


 ほどなくして、ベアトリス・ケンプトンが扉を開けて入ってきた。

 普段きちんと結われている髪は乱れ、頬も青ざめている。


「先生、どうしたんですか?」


 前の席の生徒が尋ねると、彼女はかすかに笑ってみせた。


「あぁ、いや……なんでもない。……いや、なんでもなくはないか」


 一度息をつき、顔を伏せる。


「君たちにも関係することかもしれない。――学校長が、突然辞めてしまってね。朝から少し混乱しているんだ」


 エドガーたちは驚いて顔を見合わせた。

 だが誰も、何も言わなかった。


「取り乱してすまないね。……今日は授業というより、少し気を楽にしよう。芸術でもやろうか。理誕祭も近いし」


 ベアトリスは生徒たちに画材を配り、そのあとは席に座り込んだまま窓の外を見つめていた。

 顎を支える指先が、かすかに震えていた。


 エドガーたちはただ黙々と筆を走らせた。

 時折視線を合わせるが、互いに小さく首を振るだけ。


 何を描いているのか、自分でも分からなかった。

 白い紙の上に、いつの間にか雪のような色が広がっていった。


 



 授業は早めに終わり、昼食も静かだった。

 よく話すベアトリスが口を開かないせいで、食堂全体が沈んでいるように感じられた。


 昼食後、エドガーは礼拝堂の使用許可を取り、三人で向かった。

 礼拝堂の中は整然と戻されており、聖像も地下の入口も塞がれていた。


 少年たちは一番前の席に座り、聖像を見上げる。


 雪が窓を叩く音。

 ストーブの火が揺れ、コン――と小さく音を立てた。


「……もう一度、行くか?」


 シェイドが低い声で言う。


「行こうよ。もう一度、あの場所に」


 トマスが明るい声を出す。


「……そうだね」


 エドガーが頷くと、二人も立ち上がった。


 見回りの時間を待ったが、二時を過ぎても誰も来なかった。

 三人は顔を見合わせ、静かに聖像を動かした。





 地下の通路はひどく静かだった。

 ランプの火が石壁に揺れ、足音が反響して長く伸びる。


「あの騎士は……何だったんだろうね」


 トマスの声が小さく響く。


「死にかけると幻覚を見るって言うしな。……幻じゃないか?」


 シェイドが言うと、トマスは首を振った。


「でも、学校長にも見えてた。幻じゃないよ」


 エドガーは黙って歩いていた。

 ――“Alastair”。

 陶器の杯に刻まれたその名が、ふと脳裏をかすめる。

 彼は小さく首を振って、考えを追い払った。





 やがて、再びあの隠された礼拝堂に辿り着く。

 二度目のはずなのに、やはりそこは息を呑む光景だった。


 外では雪が降りしきっているはずなのに、ここだけは不思議なほど明るい。

 石の壁が淡く光を返し、冷たい空気の中に、どこか温もりのような静けさが漂っていた。


 エドガーは目を閉じ、大きく息を吸う。

 初めて触れるほどに澄んだ空気が、胸の中に滑り込んでくる。


 黒石の祭壇に近づくと、聖像の隣に刻まれた文字が目に入った。

 短い一文。


 トマスとシェイドも近づき、息を呑む。


「エドガー、読める?」


 エドガーは頷き、指先で文字をなぞった。


「……“祈りを捧げる”」


 その声は小さく震えていた。


「それだけ?」


 トマスが問うと、エドガーはゆっくりと首を振る。

 震える息を吐き出し、静かに、続きを読み上げる。


「――ここに祈りを捧げる。

 アーサー・ヴァレンタイン一世」


 空気が止まる。

 トマスは口を押さえ、シェイドは目を見開いた。

 エドガーの群青の瞳に、静かな涙が光った。


 その瞬間、背後から柔らかな風が吹いた。

 白い霧が舞い、空気の中で人の形をつくる。

 それは淡く揺らめき、やがて光に溶けるように消えた。


 まるで――彼らを見守る騎士が微笑んでいるようだった。


 音が、消える。

 風も雪も、世界のすべてが息をひそめていた。


 三人はただ立ち尽くした。


 残されたのは一つの静寂。

 だが、それはまるで、祝福のような沈黙だった。

 

 

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