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20 熱の夜と、図書室の午後


 その夜、部屋に戻った三人は揃って高熱を出した。

 凍える雪の中を歩き、滝の水を浴びた体が、とうとう悲鳴を上げたのだ。


 エドガーは熱と悪寒に震えながら、ひとり寮の机に向かっていた。

 冬季休暇中の静まり返った棟には、彼の荒い呼吸と鉛筆の擦れる音だけが響いている。


「Ad Alastair, fidelem meum…

Ego Arturus, rex primus Valentiniensis, loquor per lumen rationis――」


 鉛筆を握る指が小刻みに震えた。


「思い出せ……続きは……」


 ぼやける視界の中で、頬を涙が伝う。


 ――学校長は嘘をついている。

 あの陶器の杯は、絶対に彼の作品なんかじゃない。


「In luto et sanguine solem occidere vidimus, pulchrum et triste fuit……」


 三人で力を合わせて手に入れた“宝物”を、あっけなく奪われた悔しさ。

 熱に浮かされた心はそれを何倍にも大きく感じ、いつも冷静な彼でさえ涙を止められなかった。

 手の甲で目をぬぐい、霞む頭を振りながら必死に記憶を掘り起こす。


「Tu……Tu vitam tuam fregisti propter me……。それから、次は……?」


 ペン先が止まり、静寂が落ちる。


 エドガーは目を閉じ、机を強く叩いた。


「……くそっ!」


 鉛筆が転がり、硬い音を立てて床を転がっていった。


◇◇◇


 一週間の謹慎が解けた午後。

 三人は、久しぶりに図書室の同じ机を囲んでいた。


 窓の外では雪がしんしんと降り、暖炉の火が静かに燃えている。

 彼ら以外の生徒はおらず、ページをめくる音とストーブの唸りだけが部屋を満たしていた。


「エドガー、やっぱりお前はすごいよ」


 シェイドが感嘆の声を漏らす。


「全部じゃないにしても、こんなに覚えてるなんてさ」


「そうだよ!」

 トマスが続く。

「僕なんて一文字も思い出せなかった!」


 エドガーは苦笑し、目を伏せた。


「……でも、肝心な部分は思い出せなかった。杯も、もう手元にない」


 シェイドとトマスが顔を見合わせる。

 そして、トマスが小さく息を吸って言った。


「ねぇ、エドガー。僕、お宝探しが好きだけど……宝そのものに興味があるわけじゃないんだ。

 おじいちゃんが骨董商で、よく珍しい品を見せてくれるけど、正直どこがすごいのか全然分からない。

 でも、“探すこと”は楽しいんだ。

 二人と一緒に冒険できたこと、それが僕にとっての宝物なんだよ」


 エドガーが顔を上げると、トマスの薄茶の瞳が真っすぐに光を返した。


「俺も同じだ」


 シェイドが肘をつきながら笑う。


「俺は口も悪いし、意地も張る。でも……お前らといるのは楽しかった。

 一緒に笑ったり、喧嘩したり、探検したり――それがあれば十分だ。

 杯なんかより、こっちの方がずっと価値がある」


 エドガーの頬に、ようやく赤みが差した。


「……ありがとう」

「僕こそ」

「“ありがとう”は俺らの方だ」


 シェイドが言い、三人は同時に笑った。


 ――だが、その温かい空気は、ほんの束の間だった。


 図書室の扉が静かに開く。

 冷たい空気が流れ込み、ランプの炎がかすかに揺れた。


 エドガーが顔を向けた瞬間、血の気が引いた。


 扉のところに、学校長が立っていた。

 黒い外套の裾から雪を落とし、三人を鋭く見据えている。


「……禁は、もう解けたようだね」


 低く冷たい声。


「さて――君たちは、今度は何をしている?」




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