16 雪の森の碑文
どれほど歩いただろう。
狭い通路の先がふいに開け、三人は思わず足を止めた。
天井には大きな穴が空き、そこから白い光が差し込んでいる。
冷たい風が頬を撫で、凍った空気の匂いが鼻を刺した。
穴の縁へと伸びる壊れかけた梯子が、地上へと続いている。
「この梯子……登って大丈夫かな」
トマスが指で押すと、ギィと軋む音が返る。
「一番軽いトマスが先に行くといい」
エドガーの言葉に、トマスは少し緊張しながらも頷いた。
腰に縄を結び、片手にランプを持って慎重に登り始める。
木の節が鳴るたびに三人の息が止まる。
梯子の先にトマスの背が消えると、やがて上から声がした。
「大丈夫! 森の中みたいだ!」
その声を合図に、エドガーも続いた。
足をかけるたびに梯子がぐらりと揺れ、冷や汗が額を伝う。
登りきるとすぐに振り返り、今度は上から梯子を支えた。
シェイドもすばやく登りきり、ようやく三人が揃う。
地上の空気は刺すように冷たい。
白い息を吐きながら見回すと、そこは針葉樹の立ち並ぶ深い森だった。
視界の限り木々が続き、雪の匂いと静寂があたりを包んでいる。
だが、足元だけが違っていた。
エドガーの靴の下には、割れた石の床が埋もれている。
欠けた敷石の輪郭が、かつてここに建物があったことを示していた。
崩れた壁の名残に苔が生え、雪が音もなく降り積もっていく。
三人は互いの姿を見失わない程度に、ゆっくりと探索を始めた。
シェイドは倒木を蹴り、トマスは雪を掘っては「これは何だ」と声を上げる。
エドガーは少し離れた壁跡のそばで、雪に埋もれかけた何かに気づいた。
――小さな聖像。
雪を払って拾い上げると、腕と頭が欠けたそれは、衣の優雅な線から聖人像とわかる。
視線をさらに下げると、聖像のあった足元に、黒く艶めく石が半ば埋まっていた。
黒曜石のようなその石の表面を指でなぞれば、雪と土の下から文字が浮かび上がる。
エドガーはマフラーを結び直し、慎重に掘り出した。
やがて、彫りの深い碑文が姿を現す。
◇◇◇
Stun inoek striee konb, duec obirys.
Mastun kik iner sii, zoll yung.
Mastun rodu titod dun, biee yung.
Joseb striee ojya shu ur strye exion siir.
◇◇◇
「うわ……。古代語だ……」
エドガーは、息を呑んだ。
ところどころ削れているが、かろうじて読める。
ポケットから紙と鉛筆を取り出し、碑文を写し取った。
「……二つが合わさる時……理の道……正しき数を……」
そこへトマスが駆け寄り、身を乗り出して覗き込む。
「何か見つけたの?
――って、古代語だ! 僕には絶対無理だ!」
少し遅れてシェイドも戻り、彼も覗き込むと眉をひそめた。
「石碑か。すげぇ……でも俺も読めねぇ」
二人が顔を見合わせて笑う中、エドガーだけが真剣な顔をしていた。
「授業で習ったはずだよ。少し黙ってて」
「はーい」
「すまん」
二人はくすくす笑いながら、少し離れたところでまた雪を蹴って遊び出す。
エドガーの鉛筆の音だけが、凍てついた空気の中でかすかに響いた。
やがて彼は顔を上げ、読み上げる。
◇◇◇
二つが合わさる時、理の道は正しき数を告げる。
王は日の始まりを苛み三十を、
王は最も高みにあるそれを好み五十を進まん。
その先に進みし者に真の祈りが与えらるる。
◇◇◇
群青の瞳に雪明かりが反射し、炎のように揺れた。
「……できた」
森は凍てつき、静けさがそっと腰かけていた。
エドガーの吐いた息は白くなって、雪景色に溶けるようにして空へ昇っていく。




