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陽元日記  作者: サツマイモ
解答というか、解説というか、ネタばらし
98/99

97日目:お姉ちゃんって呼んでくれ

「教授は、君に任せると言っている」


きっと父親も、苦渋の決断だったのだろう。

それを言及することは、あたしには出来ない。


「……あたしは、どっちでも、」

構うはずもなかった。ここで電源を外せば、こいつは死ぬ。

でも、外さずとも、死ぬ。

嫌な堂々巡りの末、あたしは意志に反して、呟いた。

「構わない」


その時の妹の反応を見れるほど、精神は落ち着いていなかった。


「なあ、ひなげし」

可能性が限りなく低いことは分かっている。むしろ、この状況が奇跡だってことは重々承知の上だ。でも、それでも、あたしは。


「装置を直すことも、彼女を生きながらえさせることもできないよ」


彼の低い声は、あたしに絶望を与えた。


「そもそも、教授と僕が作ったという時点で、それが稼働している時点で、奇跡なんだ。だって、元の世界に、装置を作るための材料なんか無かったから。彼女のノートから、代わりになるもので作った、レプリカなのだから」


……そうだよな。

それくらいに、妹は化物だったんだ。

元の世界に対応なんかできるはずない。

こいつに、社会が追いついていない。


「……そうか」

とうとう、最後の希望まで断たれてしまった。


「私」

ずっと口を閉ざしていた妹は、ようやくここで宣言した。


辛い、答えを。

皆が幸せになれない、答えを。


「私の、電源を」

彼女は、下を向く。

涙を、下に落とす。

「電源を!」

上を向いた。

涙は、拭わない。

「抜いてください!」

「ちょっと待てよ!」


どうして、あたしが制止したのか、あたしにも分からない。


「あたしの人生なんて、どうなってもいいんだ。どうせなら、お前と一緒にいたい!」


折角会えたんだ。

久しぶりに会えたんだ。

なのに、お前から断ることないだろう?


「もしかすると、あたしはお前にとって面倒な姉としか見えなかったかもしれねえ」


頭の中で、過去の暴言が、反芻される。


『お前は、妹と違ってバカなんだな』

『それほどでもないのね』

『妹はどうしたんだ?』

『あの妹さんも、こんな子抱えて可哀想ね』


……うるせえ。

……黙れ。

どうせ、あたしは落ちこぼれだよ。

でもさ。


「でもさ、お前のおかげで、真面目に生きれたんだよ。お前の純粋な目が、あたしを曲げなかったんだよ。勉強だって真面目にした。結果はついてこなかったけど、それでも間違えずに進んできた自負はある。お前のおかげなんだよ」


なのにさ、そういうこと言うなよ。

こっからあたしはどうやって生きろって言うんだよ。

良い方にも悪い方にも、お前がいたから生きていたんだよ。


なのにさ。

「自ら、死なんか受け入れんなよ、バカ」


今まで押しつぶしてきた気持ちが、あふれ出す。


「……それでも、私はあなた方に生きていて欲しいのです。巻き込みたくないのです」


……やめろよ。

遠くなるなよ。

さっきまで、あんな馬鹿話してたじゃんか。

急に、元に戻るなよ。


「その前に、少し二人で話してもいいですか?」


妹は、ひなげしに確認をとった。

ひなげしは、「……5分だけ」と言った。

表情を見る限り、もう残り時間は無い様だった。


「ありがとうございます」

彼は、立ち去った。

気持ちを、整える。

最後くらい、最後くらい。

言い聞かせて、心を落ち着かせた。

姉らしく。


「あの、書置き、見てくれましたか?」

「ああ」

「そうですか。すこし、照れますね」

「なんで、あんなこと書いたんだ?」

「……だって、ずっと、思っていたので」

「『化物な妹で、ごめんね』って?」

「……うん」

「思うわけ、ねえだろうが」


「だって、優しいから」

声色が変わる。

聞いた事のない、甘えた声だ。


「え?」

涙で、周りが見えなくなる。

それは、妹も同様らしい。


「いつも、明るくて、笑ってくれるから。分からないんだよ」

「大丈夫だ。そのまんまだよ」

「一回、言われたことがあったの。『あんな姉持って大変ね』って」

「そりゃ酷いな」

「私は、まったくそんなこと思っていなかったから、何も言えなかった。びっくりしちゃって」

「それが正解。そんな奴、関わらなくていいよ」


「……本当に、思ってない?」

「何が?」

「周りから比較されてたんでしょ?一回だって、憎く思わなかった?」

「……そりゃ、ちょっとは分けてほしいなと思ったよ」

「やっぱり」

「でも、要らねえなって思った」


「……どうして?」

「ちょっとだけもらっちゃったら、それを維持するために努力しないといけないだろ?才能だって、生き物なんだって、思ったんだよ」

「……どういうこと?」


「錆びた才能は、誰も信用しない。天才っていうのは、常に才能を磨き続けているんだよ。お前みたいに、ずっと磨く。でもさ、あたしみたいなめんどくさがりは、磨くことこそが、一番つらい。磨くことを辛いと思うかどうか、それが天才であるかどうかってことだ。だから、そんなものは要らねえと、思ったんだよ」


「だから、天才と馬鹿は紙一重なんだね」

「そういうこと」

この瞬間が、続けばいいと思っていた。


「なあ、無戦姫。いや、我が妹よ」

「……な、なんでしょう」


もう涙は枯れ果てた。

残るのは、笑顔だけだ。


「最後に、お姉ちゃんって言ってくれねえか?」

「……ふふっ。何それ」

「欲しいんだよ。1回も言ったことないだろ?」


こいつは、いっつもみさきちゃんって言っていた。

もちろん、その呼び名も良かったけど、一回くらいはさ。


お姉ちゃんって、呼ばれたかったんだよ。


「姉であったことに、誇りを持たせてほしいんだ」

「……分かったよ」

ため息を吐く。


「……お姉ちゃん、いつも、いつも、本当に、」

ありがとうね。


一瞬で消えた。


あたしの旅は、終わりを告げた。


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