93日目:一歩
必路五雲は、ブツブツ何かを言いながら、渋々ついてきた。
「本当のことを言ってもいいんですけど、そうすると今回の実験の意味がなくなりますし」
あたしたちの一歩前を歩きながら、彼はそう呟いた。
浜を超えて、道路らしきところにたどり着いたが、しかしながらそこには車は一つも走っていなかった。というか、全体を見渡してみても立体的な道路とか、高層ビルとか、そういった現代チックなものは何一つとしてなく、見える建物はすべて木造建築物へと変化していた。
木々が生い茂り、家には蔦が巻き付いており、田舎というよりは、廃れた過疎地のようであった。こういう見た目の変化は、一体全体何を表しているのか。あたしにはわからなかったが、より一層そういった点が、仮想世界であるという仮説を強くさせた。
「……本当のことって、何ですか?」
無戦姫は、訊いた。
しかし、あたしにはそれが衝撃的であった。
なんてことのない質問だと思っていたために、その表情は驚きを隠せなかった。
仮想世界に飛んだあたしたちに関する、本当のこと。
あたしらにとっての、本当のこと。
その一言を乗せた声は、疑問でも、単一な感情でもなく。
声すらも震えていた。
なんで、こいつはそこまで……。
感情的なんだよ。
泣いてるんだよ。
おかしいだろ。
決意がこもっている。知りたいという意志がある。
まるで、何かに気づいてしまったかのような。
そんな、声。
振り返る五雲は、一瞬驚いた後、視線を下に降ろし、つまりながら答えた。
「言ってもいいんですけど……。そうすると、ここから出たくなくなってしまうと思いますよ?」
……出たくなくなる?
それは、いったいどういうことか。
あたしには分からない。
ただ、馬鹿なはずの無戦姫は、分かってしまった。
目頭には涙がたまっている。鋭い眼差しには、真実との対峙を求めるような、重い思いが刻み込まれている。
……ちょっと、待ってくれよ。
こんな展開って、何だよ。
……こいつは、もしかして、話しながら気づいたのか?
あたしの中で、ぐるぐる回っている。
しかし、答えは見つからない。
今目の前に起きている状況が、私の目の前で高速で流れていく。
言われてみれば、確かにそうなんだ。
皆が理解して進むような世界なんてないんだ。
誰かが気付いて、誰かが解説するときに、その時の第3者は何もわからずに進んでいくんだ。
あたしが知らずとも、世界は回る。
あたしだけが、急展開だと思っているんだ。
そうか、そうだ。
そういうことだ。
気持ちを落ち着かせて、あたしは涙を浮かべる無戦姫を見つめた。
「……それでも、訊きたいのです」
そういうことは、専門家に訊けばいいのではというあたしの疑問は、しかしすぐさま海風に呑まれた。
今日はよく海風に呑まれる。
「そうか、専門家はこの世界の理屈しか、知らないのか」
あくまでもお問い合わせセンター。
でも、彼はFAQじゃないのか?
「では、お答えしましょう。その前に、あなたの考えを教えてください。もしかすると、正解が含まれているかもしれないので」
どうして、必路五雲が、それを知っているんだ?
「なあ、五雲」
びくっと体を震わせて、こいつはこちらの方へと振り向いた。
「どうして、お前が知ってるんだ?」
「それは、私はサポーターですので」
「……サポーター?」
「ええ。何か間違えた時とか、道から外れた時にお助けするんですよ。たまに、ストーリーの登場人物になったりもしますが」
どうやら彼は、FAQではないらしい。
「……それで、どうしますか。ここで聞きますか?それとも、専門家の元まで行き、理屈を知ってから、聞きたいですか?」
あたしとしては、どちらでもよかった。
というよりは、どちらにしても、衝撃的で驚きなのは、変わりない。
「……事情を、先に知りたいです」
無戦姫は、そう決意した。
「……じゃあ、あなたの話を聞きましょうか。もう少し歩いたら、東屋がありますから」
あたしたちに、またも静寂と気まずさが流れた。
無戦姫の思い。彼女の過去。
そして、この世界の秘密。
あたしは、小さいながらも確実に、その一歩を歩みだした。
空は、あたしらとは関係なく晴れていた。
「それで、君の仮説を訊こう」
2対1の構図であたしらは座った。
あたしらが太陽を目の前に座る。五雲が、太陽をバックに座った。
「私は、その」
一度下を向いて、無戦姫は答えた。
「やっぱり、死んでいるのでしょうか?」
……。
私は、何も言わない。
「そうだね。どうしてそう思ったんだい?」
「……私には、心臓がないから。どうしてかは、分からないんです」
「よし、じゃあ、そこを答えればいいんだね」
「あと、もう一つ」
「ん?」
「記憶の話、なんですけど」
「記憶?」
「記憶って、やっぱり変わっているんですか?」
「うん。もちろんね。……よし、じゃあ始めようか」
そう言うと、必路五雲は、うんっと喉を鳴らして、始めた。
「これは、とある昔話です」




