92日目:散歩
「というかさ、」
ようやく方針が固まり、目標とそれに向けた方法が見つかったあたしたちは、この浜辺で一夜を過ごした。気づけば朝となり、目が覚めるとそこには目を焼き尽くしかねないほど強烈な太陽があった。
「何でしょうか、先崎さん」
目を覚ましたはいいものの、体は軋んだままだ。おかげで起き上がらせることすらできない。
目だけを開け、あたしは尋ねた。
横を振り向くと、同様に寝ている無戦姫の姿があった。
「専門家って、どこにいるんだ?」
この疑問は、もちろん最初からあったけれども。
「それは……、さあ?」
「知らねえのかよ!」
創造主って言ってたじゃんかよ。
「そもそも、専門家がいるかどうかも、曖昧なんですから」
「……まあ、そうなんだっけ?ええと、創造で、妄想なんだっけ?」
「そうですよ」
ふぎゅっという声と共に起き上がった無戦姫の姿に、なんとなく見覚えを感じた。
……いやいや、まさか。
「ちなみに、記憶とかって、どうなってんだろうな」
「記憶……ですか?」
無戦姫は寝たままのあたしに振り向いて応答した。
「そうそう。記憶。この仮想世界……だっけ?とりあえず、仮想世界だとして、記憶とかはこの世界に入る前のままなのか、それとも書き換わっているのかって話」
「……それは、変わっていないんじゃないんですか?だって、仮想世界とはいえ、同じような境遇になったことがあるってことですよね。それで、現実世界とは違うことをやってのけて、成長して抜け出していく。そういう流れなんだと思いますけど」
「タイムスリップ系の物語形式ってことか」
「なんですか、それ」
「何で知らねえんだよ」
さすがに知ってるだろ。馬鹿でも。
「いやいや、一応馬鹿として名高い私ですけど。これ、もしかすると、仮想世界前の私も知らない可能性ありますよ?あるものは無くせても、無いものをあるようには、できませんから」
そうか。そういう見方もあるんだな。
あたしがそう納得していると、彼女はへへーんと言わんばかりの仁王立ちを見せた。
歩く海岸沿いは、気持ちいい風が吹いていた。
「……でもさ、あたしだけかもしれないんだけど、こんなことをした記憶が無いんだよなぁ」
「どういうことですか?」
「いやいや、いろんな奴と会ってここまで来たけどさ、こんな奴らと会った記憶なんてないって話なんだけど」
「……つまり、あなたは記憶改変派ってことですか」
「……多分な」
記憶の相違自体に、あんまり問題はないんだろうけど、それ以外のところにあたしは違和感を感じていた。それはきっと勘違いにも似た部類なんだろうけれど、なんとなくそう感じたのだ。二人で話しているときが、一番顕著に感じていた。
なんか、性格的に話しやすいとか、そういうんじゃない。
まるで、友人か、親戚か、それ以上か。
そんな気さえ感じるのだった。
言ってしまえば、後輩よりもそれは感じていた。
横目に見る彼女は、そんな気配を感じた。
「まさかな」
ぽつり呟いた一言は、海風によって消されてしまった。
「専門家って、どの辺に住んでいるんですかねぇ」
海を見つめる無戦姫。
「さあな。……あ、」
「なんですか?」
「そのさ、必路五雲に聞いてみれば良いんじゃないか?なんか、そいつ、ゲームで言うところのFAQっぽいじゃん」
「ゲームじゃなくてもFAQって言いますけどね」
「でさ、専門家はお問い合わせセンターみたいじゃない?」
「確かに。それは言えてます」
「じゃあ、私達って、何だろうな」
きっと、どちらも主役で、どちらも主人公なのだろう。
「でもさ、お前ってなんで成長しないんだろうな」
「それは、私が甘えん坊の甘々ちゃんだからじゃないんですか?」
「いやさ、でも、それでも成功できないのっておかしいと思わないか?」
「……そうですか?」
あたしだけが疑問に思っているのか?
「なんか、まるで成長しないんじゃなくて、できないみたいな」
そんな感覚。不思議な違和感。
なんだろうか、これは。
「とりあえず、呼び出してみますか」
「え、呼び出せるの?」
「そんなものは、適当にやるんですよ」
そう言うと、彼女は両手を前で組むと、何かをつぶやき始めた。
言葉自体は全く以て理解できなかったが、周りの状況から何となく察することができた。
「……あの、別に私そういうんじゃないんですけど。そんな風に呼ぶの辞めてもらっていいですか?」




