91日目:切って、まとめて、展開して
「もう話が全く読めてこないんだけどさ、これってあたしが悪いのかな」
こいつ、つまりは無戦姫の話があまりにも長すぎて、あたしは集中が切れてしまったようだ。
「まあ、私も話下手なところはありますが。そもそも、あなたと出会うまで、長いんですよ」
「なるほどなぁ」
いづれ殺されるとか言っていたのに、いつになったらそんな状況になるのか。
そんな事すら忘れてしまった。
「……そう言えば」
死体のはずの魚代三虎は、いつの間にか消えている。もしも、こいつの意見が正しいのであれば、彼は次のステージへと飛ばされたのか。あるいは、成功して、元の世界へと戻ったってことになるだろう。
この世界の死は、つまり元の世界への帰還を意味する。
もしくは、次の世界への転送を意味する。
仮想世界。
夜空を仰ぎながら、私は自分の考えをまとめる。
まとめるというのは、生み出す次くらいに大切なことだ。
「お前がここにいるってことは、お前はその最後の案件に失敗したってわけだ」
「……そうです。そうですとも。何か悪いですか?」
「いや、何も言ってねえよ」
腕を組み、頬を膨らませる無戦姫。
「お前が相当甘々ちゃんってことはよーく分かった。もう分かりすぎて、話している間にも何度か殴りたいと思った。殺してもやむを得ないかなって思った」
「そこまでですか」
「一つ訊こう。どうしてお前は、努力をしない?」
「努力を重ねたところで、結局は自分自身が偽物であることを認めるだけだからです」
「そういうところだよ。そう言っちゃえるところだよ」
ここまで言えるなんて、正気の沙汰じゃない。もちろん、狂気の沙汰でもないのだろう。これ以上自分を過信している人を、私は見たことがない。
怖いくらいに、自分を信じている。
もしくは、自分を蔑んでいる。
「頑張りアピールは、自分がそれをしなければならないくらいの無能だと宣言しているようなものだと、お前は考えているわけだ」
「……なんか、その言い方嫌です」
「でも、あながち間違いでもないんだろう?」
「まあ、そうですね」
「だから、成長しないし、したくもない」
「何ですか、さっきから」
こいつは、もはや人間ではない。それくらいの精神性を帯びていると思う。こんな事件を仰々しく地獄だと言ってのけ、自分は甘々であることを間違いだと考えない。そんな中でも、彼女はいたって被害者面。自分の所為だとは、絶対に思っていない。少しも思っておらず、微塵も感じていない。細胞レベルで考えていないし、遺伝子レベルで気づいていない。
化け物のような、感覚。
「お前って、やっぱり無戦姫にふさわしいんだろうな、って思っただけ」
「……どういうことですか?」
「化け物じみた感覚。いつまでも被害者面。戦わずに、上り詰める。人生に抗うことなく、抵抗することなく、頑張らず、粘らず、攻めず、戦わず。どうして、そこまでなったのか、こちらとしても気になってきた」
本当にこいつが化け物だとするのであるのも間違いではないのだろう。
しかし、本当にこいつはただの化け物なのか?
普通に生きていたら、ここまでおかしくはならないと思う。
普通に生きていたら。
普遍的に、平凡に。平々凡々に。
「夢っていうのは」
無戦姫は、さっきから大きな岩に座っている。まるで、私こそが頂点だと言わんばかりの佇まいに、あたしはイライラしている。
そんなこいつは、座る岩を眺めながら、撫でながら、語り始めた。
「夢っていうのは、現実とは真逆の位置にいないとつまらないですよね」
「確かにな。夢は、全然別方向にないと」
同じ方向にあるのは、目標だ。
「だったら、この世界が仮想世界だとしたら」
仮想世界。
つまりは、夢の世界。
「私が、ここまで化け物じみた性格をしているってことは」
「……現実世界は、その真逆ってことか?」
おいおい、おいおい。
それはいくら何でも化け物だろ。
「てことは、お前の元の性格は、自分に厳しく、周りに厳しい、そんな奴だって言いたいのか?」
「分かんないけどね」
「参ったな」
それから、あたしらは何気ない話を、たわいもない話を、延々とした。
くっだらない話をするには、これくらい頭のおかしい奴の方が気分が良かった。
「お前はさ、」
私は、一通り笑い終えてから、真面目なトーンで話した。
「元の世界に戻りたい?」
無戦姫は、顎に手を当てて、空を見上げ、海を見渡し、うーんと唸って、答えた。
「そうですね。戻りたいですね。そうでないと、証明ができませんから」
「証明って……。本当に、お前はこの仮想世界を作った張本人かもしれないんだな」
無戦姫。本名、柳橋咲菜。
「じゃあ、どうやって戻るんだ」
「それは……」
「なあ、専門家専門家って言ってたけど、そいつのところに行けば分かんのか?」
「多分?」
とりあえず、方針は固まったようだ。
この時初めて気づいた。
今経験しているのは、社会―歴史ではなく、理科―科学であることに。
あたしが、これを記す意味に。
この時はまだ気づかなかった。
科学の進歩が著しいことに。
あたしと無戦姫は、姉妹であることに。
我が儘で、ジコチューで、自分勝手なのは、あたしだったってことに。
あたしは、気づかなかった。




