90日目:あくまで、可能性の話
「必路五雲さん、あなたに質問をします」
私は、質問します。
「な、なんでしょう」
必路さんは、答えます。
「元の世界は、バランスを保っている」
「え、ええ。そうですね。誰かがいれば、真逆の人物が必ずいる。そう思いますよ」
必路さんは、応えます。
「しかし、それは完全ではない」
「……まあ、単純な話、同じタイミングで真逆の体験を全て行えるかと言われれば、確かに不可能でしょう。ただでさえ、人というのは流れの中で死んでいき、誰かが生きているときに死に、死んだときは誰かが生きているわけですから、綺麗に入れ替えるなんてことはできないでしょうけど……って、何の話ですか、急に」
必路さんは、問います。
「……そう、人生というのは、綺麗に入れ替えはできない。では、どうやってバランスを保つ?例えば、コインでタワーを作るとする。しかし、一度だけ思いっきり真ん中を外してしまった。そういうとき、どうする?」
私は、無視して問い返します。
「……どうするって、そりゃ反対側に同じだけずらしますけど」
つまりながらも、答えます。
「つまり、私はそういう存在なんですよ」
確証なんかあるわけないじゃないですか。私だって、言っていてなにを言っているのか分かりませんよ。でも、そう考えるのが自然だと思ったんですよ。私としては。
なんで、私はこんなにも自己中心的なのか。自分勝手で、適当で、乱雑で、煩雑なのか。
もしも、このウロボロスのように、元の世界も構成されているのだとしたら。
前世の記憶が、遺伝子レベルで刻まれているとしたら。
「きっと、私は、前世ではとんでもなくいかれた存在だったんでしょう。成長が成長するほど成長し、成長しながら成長し、成長しつつも成長を置き去りにせず、成長し続けた。その結果が、これなんでしょうよ」
私の前身は、化け物じみた天才。
「何を言っているのか、さっぱり分からないんですけど?」
彼(彼女)は、冷や汗をかいたような、作り笑いを浮かべます。
「では、質問をします」
「さっきされた気もするんですけど」
「私は、どうしてウロボロスなんかに願い事をしたのでしょう」
「いや、それは知らないですよ。私だって、陽元王国に、彼と共にいたんですから。それで、呼び出されるようにして、仕事に出たわけですから」
「でも、そんな存在、知っていないと願えなくないですか?」
「……そんなことないんじゃないんですか?神様だって、天使だって、悪魔だって、何だって、あなた方人間は知らないじゃないですか。私は、陽元王国にいますから、それなりの情報がありますけど」
「でも、名前くらいは知っていますよ。日本神話にギリシャ神話。それぞれの国には、それぞれの神話がありますし、聖書には天使も悪魔もいます」
「だったら、ウロボロスを知っていてもおかしくは無いのでは?だって、ウロボロス自体は陽元王国以外にも知られているわけですし」
「普通だったら、神様とか仏様に、お願いしませんか?」
「……まあ、確かに。でも、それはたまたまだったんじゃないですか?」
「たまたま、偶然、よく知りもしない蛇に、お願いなんかしますか?」
「……確かに。そうですけど」
「もしも、それらが全て、私の前世が作り上げたものだとしたら」
「…‥すごい話ですけど、確証なんかないですよね?」
「もちろん。でも、可能性ならあるよ」
「何ですか?」
「笹指静と、久郷一風です」
「その二人が、どうかしたんですか?」
「他にも、似ているキャラがいたけど、それらはすべて名前が変わっていた。しかし、この二人は、変わらなかった。これって、私と同じ状況だと言えない?」
「……続けてください」
呆れつつも、ため息混じりに応答します。
「あともう一人、専門家も混ぜてもいいかもしれない。この4人はもしかすると、知り合いなのかもしれないってことになるよね」
「……まあ、他の人とは違う4人ですから、共通点があってもおかしくはないですよね」
「知り合い。友人。グループ。組織。研究所。研究会。同好会。もしかすると、そう言う類かもしれないよね」
「……もしかするとですけど」
「ということは、彼女たちはとある実験をしているのかもしれない」
「かもしれないですけど」
「実験。いや、もしかすると、ゲーム。仮想世界的な、そう言う奴かもしれぬ」
「かもしれぬですけど」
「と考えると、結構納得が行かないかな?」
「……具体例を挙げてもらえませんか?」
「棚倉先生は、本来彼を助けるっていうのが、ゲームクリアというか、終了の合図。奥塚さんの件も同様。全部、そうなんじゃないかなぁ、と思い始めて」
「っていうことは、これはゲームってことですか?」
「いやいや、これは、多分ゲームじゃないんだよ。仮想世界。仮の世界。あるはずのない世界。ってことだね。そんな気がしてきたよ」
「……なんか、方向転換えぐくないですか?こんなカーブ、曲がり切れませんよ」
「で、4つの世界が終わったために、この後の世界はもうない」
「人の話聞いてくれないんですね」
「となると、どうなると思う?」
「いや、もう全く以て見当がつかないですよ」
「そう。私は、この仮想世界の、幻想世界に、取り残されるってことなんだよ」
「……ふーん」
「あ、とうとう聞く耳を持たないようになった」
「だって、それはもう突飛すぎるんですよ」
「つまり、私はこのプロジェクトを成功させなければならないのだ」
「……なんか、まとまって良かったです」
これが本当だとしたら、私は柳橋咲菜ではないかもしれません。私は、この仮想世界に飛び込んだ時に、その名を作ったのかもしれません。あるいは、仮想世界の中では、名前が変わるのかもしれません。そして、記憶もなくなるのかもしれません。
全てが想像の域を超えず、妄想の域で留まる中で、それでも私はその可能性を考えます。
思考して、思想して、思慮します。
「本当に何が起こっているのか。私にすら分からないなんて」
世界とは、本当に分からないものです。




