85日目:ボーイッシュでスポーティーな渚沙(なぎさ)さん
「確認したいんだけど、要は、つまりは、君のご両親を説得させて、漫画家デビューしたいってことでいいんだよね?君は、その最終候補の作品を世に出したいってことなんだよね?」
「……ええと、その作品は、もう世には出せないんです」
「……ちょっと待った、どういうこと?」
どうやら、私と彼女の間には、何らかの齟齬が生まれているようです。なので、その齟齬と言うか、ズレを埋める必要があるのでした。
「……正確に言うなら、私の漫画は最終候補まで残りました。それを機に、きっかけに、両親に伝えました。すると、両親は激怒し、私を責め立てたうえ、出版社さんに電話をして、辞退させた、という流れになります。それが、つい2週間前のことです。
「その後、編集さんからの連絡を頂きまして、『君の才能は、羽ばたかせるべきだ。親御さんを説得出来たら、また持ってきてほしい』と言われたのですが、今もまだこんな状況というわけで、結局行けずじまいということなんです」
「……なるほど」
本音と建前というのは、本来使い分けるべきではないと、私なんかは思います。というか、建前自体、必要のないコミュニケーションだとさえ感じていたりします。
皆が本音を言い合えば、幸せな世の中になるだなんて、そこまで言うつもりはありませんが、でも建前を使ったからと言って、幸せになる、波風が立たなくなるということにはならないのです。
建前を使っておだてて、太鼓持ちをして、忖度をしたところで、誰かにそれを追及されたら終わりなのです。
だから、私はこう思うのです。
やらないで後悔するより、やって後悔した方が良いになぞらえて、「建前で自分の心をすり減らすより、本音で友達を減らす方がまし」と、思うのです。
なので、私は、ここで本音の感想を言います。
……編集さん、もうちょっと頑張ろうよ。
そこまでの才能を持っているなら、持ってこさせるより、もらいに行った方が速くないかなと思います。そして、ついでに説得しに行けば、一石二鳥だと思うんですけど。
それは、私の勝手な考えなんでしょうか。
「……そうだよね」
「何か言いましたか?」
一緒に持ってきていたせんべいを食べながら、きょとんとこちらを見つめる里浜さん。
どうやら、つい思っていたことが漏れてしまったようです。
「いやいや、何も。いやあ、編集さんが説得しにくればいいのにと思って」
私も、同様にパックを開けて、せんべいをぼりぼり食べます。
「あ、ええと、一度だけ来たことがあります」
「そうなの?」
それなら、先に言ってくださいよ。
ごめんなさい、無能みたいな言い方しちゃって。
「ただ……」
そう言うと、俯き始めて、食べていたせんべいをおぼんに置いてしまいました。
「どうしたんですか?」
「彼―編集さんも、頑張ってはくれたんですが、両親の、心無い言葉の応酬に耐え切れず、最後には涙を浮かべて、『ごめんなさい、ごめんなさい』と連呼し続けていたので、帰ってもらったのです」
「……」
いやいやいやいや、怖いって。どんな親なんだよ。大人一人を精神的に追い込む両親って。そんな人が島長でいいんですか⁈ちょっと、話すのが怖くなってきたんですけど。
普通に、警察事ですよね、これ。
「……この島には、親に逆らえる人はいません」
「そうですよね……」
すると、一階の方から重いドアの開く音がしました。
……
まさか、ご両親が帰ってきたとか?
だとしたら、何の準備もしていないどころか、完全なる侵入者で、不審者な私を見られてしまえば、命はないような気がします。そうでなくとも、精神的に殺されるでしょう。
身体的にでなく、社会的にでなく、精神的に殺されるでしょう。
「たっだいまーっほい!」
聞こえた声は、大人にしてはやや幼く、子供っぽい高い音でした。
「……これは、渚沙ですね」
「なぎささん?」
「上の方の妹で、来週14歳になります。今日は、中学生だけ登校日なので」
「……中学生だけ?」
「夏休み中なんですよ。ええと、この島って、学校自体は一つしかなくて。高校生が6人。中学生が4人。小学生が5人の、計15人なんですよ。一応私は高校3年でして」
「……へえ。そう言えば、3姉妹なんだよね?一番下の子はなんて言うの?」
「三河です。里浜三河って言います。11歳です」
「へえ」
まあ、きっとこの子みたいに柔らかい雰囲気を持った優しい性格の持ち主なんでしょう。
そう思った矢先のことでした。
その辺でドンパチやっているのかと言わんばかりに鳴り響く足音が部屋の目の前を駆け抜けていくと見せかけて、その足音のまま壁にジャンプし、そしてこの部屋に入ってきました。
さながらアクション俳優のようで、私は目を丸くしていましたが、彼女はそんなことに慣れているようで、足音の少女を見るや否や、右手一本で彼女のゆく道を阻み、その勢いを利用して体を反転させ、相手を転ばせたうえで、自分が上から乗る形になりました。……まるで、狩りでもしているのかの様です。
「……ううん、おかえり」
台詞とほぼ同タイミングで彼女は彼女の背中をクンカクンカし始めました。
別に、私には差別とかそう言うのは思ったことは無いのですが、というか、これは差別云々じゃなくて、単純に気持ち悪い画でした。
「……ただいまってか、やめてくれってば」
香湖さんは、少し拗ねたような表情を見せています。
確かに、可愛いのですが、可愛いのですが。
切り替えましょう。
どうやら、この子が渚沙さんのようです。
ショートカットで立っており、男子顔負けなほど焼けた肌は、健康的であることの表れのように見えます。前髪をピンでとめている辺りに女の子らしさが残っていますが、そこ以外に女の子要素はありませんでした。
多分、道端ですれ違ったら、ちょっとかわいい男の子かな、と思うほどです。
「……こんにちは」
「こんちは」
挨拶は、こんな風に。
予想以上の3姉妹が現れたものです。
一番下の子は、いったいどんな子なのでしょうか。




