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陽元日記  作者: サツマイモ
食刀の刀鍛冶―――柳生一花編
8/99

7日目:土砂降りの雨と計画変更

目が覚めると、外の天気は見事なまでに土砂降りだった。昨日の快晴が嘘のように降り注ぐ雨は、あたしの快眠を妨げた。


「くっそぉ。せっかく今日は調査に出ようと思ったんだがなぁ」


物理的に出られないほど風が吹いているわけでも、雨が降っているわけでもない。現代でもいるだろう、台風の中外出する猛者が。しかし、あたしは生憎そんな猛者ではない。その真逆と言っていい。こんな雨の中外出する気になれないのだ。


「だからと言って、やることもないんだけどなぁ」

女性一人が廃墟でゴロゴロしているのも、なんとなく危険のようにも思えるが、何度も繰り返しているように、この周辺には誰もいない。


「すごい雨ですねえ。ええ、雨ですとも」

前言撤回。まさか、柳生一花がここにいるとも思わず、あたしは人に見せられないような格好で寝ていたため、とっさに正座の態勢になったが、それでも恥ずかしさは消えなかった。


言ってよ、いるならさぁ。


「すみません、ノックするドアがなかったものですから。ええ、無いですとも」

「そりゃそうだけど」

なんてったって廃墟である。燃えたか揺れたか叩かれたかで所々ぶっ壊れている。


「どうしたんだ、こんなとこまで」


それより気になるのは、彼の行動である。

前日から気になりっぱなしではあるが、今日にいたっては本当に分からない。この前であったときは『THE仙人』って感じで、自分の領地からは一歩も出ない、みたいな雰囲気を醸し出していたのに、一転して活動的である。


「いえいえ、これと言ったことは特に。ええ、無いですとも」

「そうかい」

「爽快とは、行きませんでしょうけど。それより、何か情報はありましたか?」

「ああ、それなんだけど」


ここで一瞬、答えるべきか迷った。いくら仙人のような人間とは言え、一応は人間である。傷つくこともあるだろうし、信じてもらえない可能性が高い。

しかしどうだろう。知らないで終わるより、知って悲しむ方がいくらかマシなのではないだろうか。爽快とまではいかないまでも、納得はできるのではないだろうか。


「彼女、つまり笹指冴枝は、亡くなっているそうだ」

「亡くなっている?……ああ、そういうことですか。すみません、わたくしの言葉足らずで誤解を招いてしまったようですね。ええ、誤解ですとも」

「誤解?」


「まあ、人探しというのは強ち間違いでもないのですがね。ええ、間違いではないですとも」

「何を言ってるんだ?」


さっぱり分からない。なんか、話の趣旨の周りをからめとるように掠めるように話す彼の態度が少し気に入らなくて、強く言葉にその気持ちが乗ってしまった。


「いえ。わたくしの所在が知りたいのは、笹指冴枝へと譲渡した刀のことです。私の癖として、刀に譲渡する人の名前を付けるものですから、ええ、そうですとも」

「……刀?」

「ええ、刀ですとも」


それじゃあ、全くもって話が違うじゃないか。また蜘蛛の巣通信を使って後輩を呼び寄せるしかないじゃないか。


ここで一つ、疑問がわいた。どうしてここまで、彼女、笹指冴枝の刀にこだわるのだろうか。


「なあ、一ついいか?」

「何でしょうか」

「どうして、そこまで、つまりはここに足を運ぶまでして、笹指冴枝にこだわるんだ?別に、刀なら、何本も作っているだろう?それはもう、何千本と」


どれくらい生きているかは定かではないが、少なくともひいばあちゃんくらいの年からは生きているのだから、結構な量の刀を作っているはずだ。

それでも、一本の刀にこだわる理由は、何だ?


「それは、いたって簡単です。ええ、簡単ですとも。皆さんが考えている通りでございますとも」

「……?」

「わたくしは、刀を食します。ええ、食べますとも」

「う、うん。それは、知っている」


あんまり信じたくもない話ではあるが、刀砲と言い、口に入れることに抵抗は本当に無いように思える。


「それは決して栄養補給とかではありません。ええ、ありませんとも」

「じゃあ、どうして食っているんだ?」

「それは、その時の感情を、思い出すためです。味わうことで、思い出すのです。その刃が辿ってきた歴史を。ええ、そうですとも」

「……ほ、ほう?」

ついていけなくなる脳みそを、必死こいてまわして、ついていく。


「ちょうど最近、酸っぱい感情が欲しくてですねえ。ええ、欲しいですとも」

「お、おう」

「こんな言葉は知りませんかねえ。初恋は、甘酸っぱい味がするって」

「……そういや、何となく」

「つまりは、そういうことですよ」


はぐらかされてしまったのか、ちゃんと正確に言っていたのにあたしが解釈しきれていないのか、はたまた両方なのか定かではなかった。

分かるのは、もう少し後かもしれない。


「ふ、ふうん。じゃあ、あたしはその刀を手に入れればいいってことだな?」

「ええ、そうですとも。お手を煩わせてしまい、申し訳ない。ええ、申し訳ないですとも」

「いやまあ、それは良いんだけど」

「よかったら、明日行きませんか?防人七人が一人、水瓶丹香(みずがめ たんか)がお送りしましょう」

「……良いのか?」

「ええ、船よりは確実に早いですし」

「そうか、ならそうしようかな」

「それでは、わたくしはここで。明日に延びたことは好機ととらえて頂けると幸いです。ええ、幸いですとも」

「じゃあ、あたしはまたダラダラしているよ」


もう恥ずかしさはなかった。


ふと目を離すと、彼はもういなかった。

速すぎる動きだなあと、この時はまだ、そんな風に思っていた。

まだまだ、この王国がどういうものか、防人七人がどういった軍隊なのか、これっぽちも知っていなかった。


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