6日目:後輩との通信
先ほど通ってきた道のりを、しっかりと逆戻りしてくる。なんか、行き当たりばったり過ぎるような気もするけれど、それが旅であり、あたしである。お許しあれ。
それよりも、この国は不可解なことが多すぎる。
今ようやく思い出したが、お腹が空かない。まったく一つも何も食べていないのにもかかわらず、空腹感を感じないどころか、満腹感まで感じている。空気中に何かが混ざっているのだろうか。
毒……ではなさそうだし、だとしたら一体なんだろうか?
そして、もう一つ。この時代には欠かせないものの一つだ。誰もが使っているが、田舎だと見つからなかったりする例のあれだ。
無料遠隔通信機器だ。
どうだろう、あたしが歴史を改ざんするとしたら、まずはここを無かったことにするかな。無かったことにするというか、ヒントを色々とちりばめておくかな。だって、歴史的発見だとか言ってお金が回りそうじゃん。もう今はお金なんて概念なくなっちゃったけど。
ええと、あたしの地元だから、こんなに難しい言葉になってしまうが、要は世界中誰とでも繋がれる機器だということだ。見えない線で、つながっている。あたしだったら……うーん、蜘蛛の巣通信とか呼んじゃおうかな。
「お、それいいじゃん。そういうことにしておこっと」
一人合点しても、独り言をしゃべっていても、相変わらず人々は皆無に等しいので、恥ずかしさはもうない。
そんな事もしている間に、あぜ道を抜けて、坂道を越えて、廃墟にたどり着いた。
しかしあたしは、たどり着いたことによる安堵よりも、空に広がる景色への感動の方が大きかった。
「おお!すっげえ!」
見渡す限り暗闇に呑まれる空に、少しずつ光が差す。まるで、そこには穴が開いており、輝かしい未来がこのくらやみの後ろで待っているかのようだ。
「天国って、つまりはそういうことなのかな」
満天の星空の先にあるとされる天国。星々というのは、その天国への扉なのかもしれない。
そんなロマンチックでもなんでもないようなことを考えて、耽っていた。
寝袋を広げるのも忘れて見入っていると、蜘蛛の巣通信に、一本の連絡が入った。
蜘蛛の巣通信の凄いところは、世界中の誰が喋っても、どの言語でも翻訳できるところだったりする。そのため、旅の途中では超有能だったのだが、如何せん電気容量の減少が激しく、一日保てたら良いくらいの産物だった。
しかし、ここは違った。
この王国では違った。
「……え、マジ?」
表示されている電気容量は、MAXの表示がなされていた。下の百算法(これさ、歴史改竄出来たら、ちょっと名称を変えようっと)を見ても、100と書いてるし、容量と同数の数字が書かれている。
「充電要らずとか、めっちゃいいなこの国は」
きっと本来の意味では違うだろうけれど、なんとなくこの国の存在を隠したがる理由が分かった気がする。
この国に入ると、元の生活に戻れない。
それくらい凄いし、うがった見方をすれば恐ろしい。
何もしなくていい国なんて、さすがにちょっと怖い。
「そういや、連絡が来てるんだった」
もしもし、と出るとそれはやはり予想通りの人物だった。
「あ、咲季先輩?うちっす、詩沙っす!」
「おお、久しぶり」
「久しぶりっすよ!もうこっちは冬ブリが美味しい季節ですよ」
「嘘を吐くでない」
「それよりも、先輩のことですよ!」
「え、何?」
「うちの忠告、ちゃんと聞いてくれましたか?」
「うん、まあ」
対処は、現地の方にしてもらったことは、まあ、言わなくてもいいよね。
「そうですか、なら良かった。連絡ができるということは、まだ生きているようですし。歴史の改竄、できそうですか?」
「いや、全然」
そういえば、歴史的なことは、まだ一度も触れていなかった。まあ、強いてあげるとするなら、国際同盟の、ほら、何とかっていう部署のあの人。
悪いけど、記憶力は悪いんだよね。
褒められる部分が限りなく少ないのがあたしの特徴だ。
「そうなんですか?今、何やってるんですか!」
「それがさ、人探しなんだけどね」
「お、どちらさんを探すんですか?」
「ええとな」
フル回転させて思い出す。何となくで聞いていることがばれないように…あ。
「笹指っていう人だよ。笹指冴枝だったかな」
「……マジっすか。それ、あたしのひいばあちゃんです」
「だよね。だと思った」
「すごい、あっさりしてますね。なんか、こういう時って、『えええええ!?』とか、驚いたりするもんじゃないですか?」
「そうなのか?」
「いや、知りませんけど」
「それでさ、母さんいくつだっけ?」
「あたしの母親ですか?」
「お前以外の母親の年齢を聞いてどうする」
「いや、うちの母親の年齢を聞いたところでどうするんですか?ええと、確か今年で50です」
「じゃあ、さすがにひいばあちゃんとやらは死んでるよな」
「すごいことを、さらっと言いますね。しかも、結構不謹慎な」
「え、そうなのか?」
「いや、そうでしょう。っていうかデジャブなんですが」
「悪い悪い」
「あ、悪いと思ってないときの謝り方だ!」
「悪意悪意」
「こんなに悪意たっぷりな言葉を聞いたことがない!まあ、良いですけど」
「すごいな切り替え」
「で、どうするんです。人探しと言っても、肝心のその人がいないんじゃ、意味ないですよね。死んだって伝えますか?」
「いや、どうするかはあたしの勝手だけどさ」
「さっきからひどすぎませんか。うちだからいいものを」
「まあ、詩沙だから、こういう扱いなんだけどな」
「……え、え?」
通信の先で、どうやら照れているようだ。
「まあともかくとして、今から泳ぐんじゃそっちに着くのは1か月後になっちゃうし」
「え、泳いで帰ってくるんですか⁈しかも、1か月泳ぎ続けるんですか⁈」
「いや、まあ嘘だけど」
「嘘つかないでください」
「じゃあ、こっちで形見っぽいの探すか」
「うちの方でも、なんかひいばあちゃんのものを探したりしますね。何しろ、うちの家は名家ですから。色々と倉庫がありますからね。一筋縄ではいきませんよ」
「……あれ?名家だっけ」
「いやいや、さすがにそれは忘れすぎでしょ!うちの家系は、戦乱時代の初期から続く生粋の武士の家系なんですから!いろいろとありますよ、刀とか鎧とかいろいろと!」
「へえ」
そうか。笹指家は武士の家系なのか。武士の家系のひいばあちゃんと、刀鍛冶か。
これは、スキャンダルな気がしますなあ。
「あ、そろそろ夜も遅いんで寝ますね」
「いや、まだ22時だけど?」
「明日早いんですよ。一応まだ学生ですし」
「そうだっけ」
「もう多分覚えるつもりなく聞いてますよね」
「そうだっけ」
「いや、知りませんよ」
切られてしまった。楽しい会話だった。
折角だし、あたしも早寝するか。
明日から、行動開始だ。




