65日目:静さんとの再会
「あ、あの…」
私は、これからのことを考えて、やっぱり名前くらいは知っておくべきだろうと思い、訊くことにしました。でも、実は名前を知らずともうまくいくことって案外あったりするんですよね。同じクラスの人とか、結構半年かかって覚えたり、もはや1年間でも覚えられなかったりしますけど、意外となんとかなったりします。
それは、きっと同じ環境下だからなのかもしれませんけれど。
暗黙の了解というか、阿吽の呼吸というか。
でも、好きな人…もとい、気になる人なら、そう言うわけにもいきません。
モブキャラみたいな、関わって行事の時くらいみたいな間柄よりも、もう少し上のランクに上がるためには、やっぱり名前の一つや二つ聞いておきたいではありませんか。
言い訳はこれくらいにして。
「ん?」
少し前を行く彼が、振り返りました。
汗をかいているのか、髪の毛が少し濡れています。
……あ、私が濡れているのか。
「どうしたの?」
「も、もしかするとなんですけれど、というか、あなたさえよければなんですけれど、これからもなんだか、共に行動することが多いような気がするんですね?」
これは完全に言い訳です。言い訳にしてもひどいくらいです。なんだ、共に行動する気がするって。勇者みたいな間柄なのか?
「そ、それで、よかったら、名前を教えてくれないかなぁっと思いまして……」
喋ればしゃべるほど、どんどん尻すぼみしていく私に、彼は突き放すように、こう言いました。
「名前は、教えられない。すまない」
そう、呟いたのです。
悲しみというよりは、寂しさよりも、禁忌に触れるような、そんな空気だけが流れます。
私もこれ以上は訊けませんでした。
「……さあ、もうすぐですよ。ここからまっすぐ行けば、たどり着きますよ。じゃあ、僕はこれで」
「え、最後まで付いてきてくれないんですか?」
今思えば、こんなにも自己中心的な台詞もないですね。
「え、ええと、君…女神さまでも、やっぱり俺と一緒にいるのはいけないことだと思うんだ」
もしかして、この人私が女神じゃないことを見抜いている……?
いや、私の演技は完ぺきだったはず……。
「あの、」
「じゃあ、僕は別ルートから行くから、もう会わないようにね」
この背中を見ることに、いつになったら慣れるのでしょうか。
その真相を知るにも、やっぱり学校に行くしかなさそうですね。
まっすぐ行けば着くって言っても……結構ありますよ?
ええと、花屋。本屋。服屋。
あ、へえ、ここにもファストフードってあるんですね。
雑貨屋。床屋。美容院。この辺、激戦区でしょうね。
そして、バス停。え、バス停が20m間隔であるんですけど。そんなに要らなくないですか?
あ、バス停じゃないのか。
ああ、店の看板ですか。
なるほど……
商店街を抜けると、そこに大きな大きな学校らしき建物が堂々と建っていました。
まるで、一つの国のように大きな敷地を囲む、刑務所のように高い塀。そして、入り口には、高等学校であることが記されていました。
同時に、中学校でもあることが確認されました。
いわゆる、中高一貫校というやつですね。
「いやいや、ここは幼稚園から高校まであるよ、何しろ、唯一の教育機関だからね。よ、久しぶり、柳橋ちゃん」
その声は。
確かに私と同様成長していますが、それでも分かります。
小説家と嘘を吐いた少女。
元少女。
現女性。
笹指静。
「静さん!随分大人になりましたね!」
「柳橋ちゃんこそ。中学生くらいだね」
「静さんは……アラサーくらいですか?」
「すごいこと言ってくるね。柳橋ちゃんじゃなかったら、グーパンだよ。違うよ、2年目くらいだよ。25くらいだよ。棚倉先生くらいだよ!」
「でも、四捨五入したら30じゃないですか」
「違うもーん。今年から四捨五入じゃなくて、五捨六入だもーん」
「勝手に作らないでください。ちゃんと五入してください」
「もお、ケチなんだから」
「ケチだと思っているんだったら、その奇跡的に成長した胸を私に見せつけないでください。奇跡じゃないですか。つるぺったんだったじゃないですか」
「可愛い感じに言ってくれるけど柳橋ちゃん、君相当どす黒いよね」
「そうですか?とりあえず、お久しぶりです」
「いつも、そう言う時だけは丁寧なんだよね。じゃ、校内案内するよ」
「え、どうしてここが私の目的地だって分かったんですか?」
「大人の鑑ってやつですよ」
「静さんが大人の鑑なわけないじゃないですか。鏡観てから言ってくださいよ。言いたかったことは多分勘ってことなんでしょうけど、覚え違いも甚だしいですよ。大人の勘じゃなくって、女の勘なんじゃないですか?」
「長ぜりで批判しないでよ!もう少しツッコミ感出してよ!」
「……はあ、案内お願いします」
「呆れちゃったよ!」
静さんは、大人になっても静さんでした。




