63日目:出会い、再び
何かの光によって眩しいと感じた私は、感覚を取り戻すよりも先に、目を開けました。
しかし、その瞬間にも目は閉ざされ、そしてすぐに痛みを生じました。
脳の理解が追いつかぬまま、感覚だけが戻ってきます。何かに包まれているような、そんな感覚だけが全身を覆います。
忘れかけていた呼吸法を取り戻すと、途端に目の前が泡だらけになりました。
ますます意味が分かりません。
だんだんと、自分の体が浮いていくのが分かりました。
もう一度目を開けると、今度は、青く輝く世界が、そこに広がっていました。確かにぼやけて見えますが、それでも、それを感じさせないほどに綺麗で壮大な景色が、そこにはありました。
海か、それとも巨大な湖か。
そんな雰囲気のある、美しい情景です。
しゃべろうにも、言葉の原型はとどめておりません。
「……くはあっ!」
ようやくここで、私は水の中に沈んでいたことに気づきました。
目を開けると、辺り一面が、緑色に覆われていました。建物という建物はなく、5mくらいありそうな木々が私を見つめているような感覚に襲われています。
恐怖を感じて下を向くと、そこには私の顔が映っていました。
……いや、まあ、そりゃ水なんだからと言われればそうですし、私だってそこまで馬鹿ではありません。ただ大事なのは、そこではないのです。
自分と同じ顔が映っていることが問題なわけではなくて。
自分とは違う顔が映っていることが問題なのです。
「……どうなって、いるの?」
呟いた声が、更にこの状況を後押しするように私を混乱させていきます。
顔は、確かによく見れば面影が残っているのですが、声はもう別人くらいの変わりようです。
何が変わったのか、どう変わったのか。
その問いの答えは、ずばり。
成長した。老けた。大人になった。
このあたりでしょうか。
恐怖のあまり、周りすらもよく見えなくなります。
未だに、脳みそは理解を示しません。
その時でした。
「……まさか、この湖に生物がいたとは。これは、研究のし甲斐があるかもしれない。12年前の事件の時にはもうこの森ごと死の森だと言われていたのにな。凄い発見だ」
後方から、そんな声がしました。
「なんて、中二病だな、これじゃ。とうとう俺は、ここまで来てしまったのか。独り言も増えて、妄想の世界と、現実の世界の境目が見えなくなっちゃったのか。そうだよな、そりゃ苛められても仕方ないかぁ」
ため息が、この森中を駆け抜けていきます。
「……あ、あの」
声をかけた時には、彼は後ろを向いていました。
辛そうな声を聴いたからには、私だって声を掛けたくなります。
いくら自分大好きでも、他人嫌いというわけではありませんから。
「え?」
振り向いた瞬間、私は、いつぞやに感じた胸の高鳴りを思い出しました。
……いや、まさか。
その時、彼はどう思ったのでしょうか。
やはり、こいつは馬鹿者だと思ったのでしょうか。
「……ぷぷっ。あ、あの、すみません。あなた、頭に海藻が綺麗に乗っていますよ」
彼は、吹き出しそうになりながらもなんとか堪え、それを指摘しました。
「……え?!」
言われた通り、頭の上には確かに何かしらの重みを感じていましたが、これはさすがに恥ずかしいです。
顔の紅潮が抑えられません。
「す、すみません」
「いえいえ、こちらこそ。俺も、同じくらい恥ずかしい言動をしていましたし。あなたを、湖の女神と呼ぶだなんて。……それで、そこで何をしているんですか?」
湖の女神と呼ばれた記憶は無いのですが……
そのバカらしさに、思わず笑ってしまいました。
楽しそうな方です。
「……実は、秘密にしておいて欲しいのですが」
「……?」
「私、女神なんです。湖の」
「……いやいやいやいや、さすがに、そんな嘘は……、え?マジ?」
「大マジです」
「でも、そんな、中学生みたいな神様が、いるのか?」
ほほう、私、今中学生くらいの見た目をしているんですね。
なんとか、つじつまを合わせなければなりません。
嘘だとバレたら、がっかりされてしまいます。自分がうそつきと言われるより、彼が残念そうな顔をする方が、私にとってはつらいのです。
「まあ、神様というよりは、妖怪に近いですかね。ほら、妖怪って、大体は幽霊ですし。幽霊から妖怪へ、妖怪から神様へ。そんな感じです」
「……マジか」
「ええ」
「……なんもいえねぇ」
とりあえず、彼の顔には笑みが浮かびました。
こちらも嬉しくなります。




