55日目:とうこう
「え、ええと、やぎはしさな、です」
「咲菜ちゃんって言うのか!良い名前だね。まあ、人間だれしも良い名前をもらい授かるんだけどね。それでもやっぱりかわいい名前だ!」
とても褒め上手な人です。ついつい嬉しくなっちゃいます。そして、親にも感謝したいと思います。
親……。
お父さん、お母さん。
「あ、あの」
「ん?どした?」
優しい声を聴くたびに、自然と落ち着いていきました。
でも、緊張していればふつう聞こえるはずの、自分の鼓動音は、全然聞こえてきません。
「おとうさん、おかあさんが、いない」
「ま、迷子ってこと?……天から降ってきた迷子?なんか、凄いことになったなぁ。うん!分かったよ。で、君の親御さんは、どんな人かな?」
戸惑いつつも、私は答えました。もしかすると、私と同じように両親も生きているかもしれないので。可能性に、賭けたかったのです。
「……おかあさんは、かみがみじかくて、かわいいかんじです。おとうさんは、きんにくがすごくて、ごりらみたいです」
まあ、もう少し言いようがあったようにも思いますが、それでもこれ以上に言い得て妙なこともありません。実際、お母さんは小動物のように可愛く、お父さんはゴリラみたいです。
「……なるほどぉ。それなら、もしかすると見つかるかもしれないな。って、あれ、ちょっと待ってね」
慌てた様子で自分の腕に付けていた腕時計を見るや否や、すさまじい勢いで冷や汗をかきました。その場にプールが出来そうなくらいに噴き出した汗を拭きながら、彼は私の腕をつかんで言いました。
「やっべ!ごめん、遅刻しそうなんだ!だから、背中に乗って!おんぶするから!両親探しは帰りで良いかな?」
「え、ええ?ええと、はい!」
焦る彼の背中にひょいっと乗ると、彼は世界記録を更新しそうな勢いで走り抜けました。私達が切る風に少し負けそうになりましたが、なんとか彼の背中にしがみついて耐えます。暖かくて、柔らかい体に身をゆだねると、なんだか気持ちが良いものです。しかし、やはり鼓動音は聞こえません。
「あ、あぶねえぇ!」
このスピードでは、もう転ぶ以外に止まらないんじゃないかと思っていると、校門に突撃しました。ええ、あぶねえぇとは言いましたけど、ぶつかっていないとは言っていません。
私は、奇跡的に彼がぶつかった衝撃で飛ばされ、花壇へとダイブして無事でしたけど、彼の安否が気になるところです。固唾をのんで、彼の方を見つめると、彼は気を取り直して、
「いやあ、ぶつかっちゃったよ。大丈夫だった?」
泥だらけになりながらも、おでこにたんこぶを作りながらも、こちらの方を先に心配してくれるところに、またも心奪われました。
「だ、だいじょうぶです。だいじょうぶですか?」
「うんうん。大丈夫!さあさ、社会科室行くぞ!」
周りを見渡しても、人は見当たりませんでした。
昇降口を抜けてすぐに、社会科室はありました。
「じゃあ、ここで待っててね。ちょっと話してくるから」
急いでドアを閉めて、彼は職員室へと向かいました。廊下から、「大丈夫?」「どうかしたの?」と(特に)女性陣からの心配の声が聞こえましたが、何となく誤魔化しているのも聞こえてきました。たじたじになっている音声だけでも、やっぱりかわいいです。かっこいいです。
周りを見渡すと、そこには地図だったり、歴史書だったりが部屋中にちりばめられていました。整理整頓は苦手なようです。
彼の香りがする部屋に、一人です。
「あ、こんなところに」
見つけたのは、彼の私服です。
彼のポロシャツは、少しぼろくなっていました。
「あ、ここにいて良いってよ……って」
その瞬間、時間が止まりました。
下を見ながら、慣れた手つきでドアを開けた彼は、なにやら書類等を抱えつつ、パッと私の方を見上げたタイミングで、私と目が合いました。
私はというと、彼のポロシャツ(ぼろシャツ)を見つめて、香りを嗅いでいる最中です。
互いに何が起こっているか分からず、分かってくると、今度はどちらも恥ずかしくなってくるということで、二人とも口をつぐんでしまいました。
「あ、あ……ご、ごめんね。汚いよね。いやあ、たまたま昨日持ってくるの忘れちゃってさ。ダメだよね、じゃあ、それくれるかな」
「いやです」
あ、つい本音がポロリと。
「え、い、いやでも」
「ください」
またまた本音が。
「ええと、そんなに力強く持たなくても…。そんなに欲しいなら、あげるけれども」
嬉しい限りです。
「ありがとう」
「……なんで、こんなの欲しいの?」
「ほしいので、ほしいんです」
「な、なるほどぉ」
欲しいから、欲しいんです。




