47日目:邂逅
今更ながら、本当に今更ながら、一応念のため、ここで代名詞の確認をしておこうと思う。なにしろ、俺の人生の中で、こんなにも女性が出てきたことなど一度だって無いのだ。それも、こんなに個性に溢れた人たちと出会うとは、思ってもみなかった。
あの女、この女―――つまり、先崎咲季。
彼女―――つまり、柢沼京。
妹御―――つまり、柢沼聡子。
静―――つまり、笹指静。
彼―――つまり、久郷一風。
そして、無戦姫―――つまり、無戦姫。
無戦姫について言えることは、名前―否、愛称が無戦姫であることくらいだ。
それ以上の情報が見つからない。それは、例え専門家であっても同じだろう。普段どこにいるのかさえ定かではない、そんな奴だ。気づけばそこにいて、探しても見つからない。いつでもそばにいて、いつもそこにいない。そんな奴なんだそうだ。
実際、一度だって見かけたこともないので、俺にとっては噂話や伝説、逸話の類であるが、目撃情報がとんでもなく多く、噂話に積極的ではない俺のところまで情報が届くのだから、やはり存在自体はしているのだろう。
ともあれ、ここからは、一風の家での話だ。
3人で向かった久郷家は、意外と近場にあった。と言っても、越境はしているのだが、それでも近いことには変わりない。ありがたい限りだ。
しかし、家には肝心なものがなかった。
本来あるべきそれがなかった。門ではない。勿論、壁でもブロック塀でもない。
インターホンが、なかったのだ。
「あれぇ、おかしいなぁ。意外とないのかなぁ」
この女は、うーんと唸りながら、家の前でうろうろし始めた。
端から見れば、完全な不審者だ。
良かったな、意外ときれいな見た目のおかげで、お前ではなく俺が捕まりそうだ。
「うろちょろするな」
「ごめん」
聞き分けのいい奴だった。
そんな奴だったか?
「……呼び出す方法が難しいのであれば、少し戻って考え直すというのも手だと思います。難しいと言っても、皆無というわけではないでしょうし」
そう言ったその時、ドアの方から、どすっどすっという荒々しい足音が聞こえてきた。
少しばかり、緊張する。
固唾をのんで、ドアを見つめると、そのドアは、瞬く間に破壊された。開くわけでもなく、こじ開けられたわけでもなく、室内から、破壊された。ドアの破片は、こちらに飛んだだけでなく、全方向へと散らばっていった。
「……は、はあ?」
開いた口が塞がらないとは、このことだ。
「お前らか、俺の、愛する双子を連れ去ったのは」
その声は、地獄よりも深く、鉄よりも重く、針よりも鋭かった。
……怖い。
「……え、ええと」
もじもじしている妹御を見て、彼はふと我に返り、そして、
「聡子ちゃんに、何をした」
と、先ほどよりも少し明るい声で尋ねてきた。
「い、いや違うんだ。俺たちは何もしていない。ただ、あなたに少し聞きたいことがあって、来ただけなんだ」
事実を伝えることに精一杯だった俺の肩を、この女は静かに叩き、「あとは任せろ」と言わんばかりの自信満々な笑顔をこちらに見せてきた。
要らねえよ。
「まあまあ、落ち着いてくださいな」
「質問に答えろ」
「うっ。じゃあ、質問に答えるよ」
途端に不機嫌になるこの女。なんだよ、だったら最初から自信ありげな顔を見せるなよ。凄い良い案があるのかと思ってきたしちまったじゃねえかよ。
「あたしたちは、聡子さんに何もしていねえ。むしろ、聡子さんから助けを求められたんだ。懇願されたんだ。だから、あたしはこの男を連れて、ここに来たんだ」
まあ、少し言わせてもらえるとするならば、そんな話は聞いていない。確かに、会いたいという人がいるとは聞いていたが、そういうことだったのか。
「本当なのか、聡子ちゃん」
妹御は、静かに頷いた。
見た目30代前半なのにもかかわらず、ここでは中学生でもおかしくないような、そんな風貌に見えてしまった。
ちゃんと見ていなかったが、この妹御は背が低い。この女と並べてみると、その差は歴然だ。そう見て見ると、中学生のような雰囲気も、おおむね間違いでもないのだろう。
「分かったよ、ちょっと待ってて。今片づけるから」
背中から、諦めというか、呆れにも似た感情が、伝わってきた。無精ひげを生やし、ぼさぼさの髪の毛に、よれよれのTシャツを着ているのを見る限り、この人は相当荒んでいることが分かる。
荒んでいて、廃れている。
「一応言っておくが、まだ君たちを信じたわけではない。信用も信頼もしていない。あるのは、自信だけだ」
そう言って、彼は家の中へと入っていった。
「あちゃぁ、ありゃ格好つけたねぇ」
と、心無い冷やかしが入ったことを、彼は知らない。




