表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陽元日記  作者: サツマイモ
魚代三虎編
48/99

47日目:邂逅

今更ながら、本当に今更ながら、一応念のため、ここで代名詞の確認をしておこうと思う。なにしろ、俺の人生の中で、こんなにも女性が出てきたことなど一度だって無いのだ。それも、こんなに個性に溢れた人たちと出会うとは、思ってもみなかった。


あの女、この女―――つまり、先崎咲季。

彼女―――つまり、柢沼京。

妹御―――つまり、柢沼聡子。

静―――つまり、笹指静。

彼―――つまり、久郷一風。

そして、無戦姫―――つまり、無戦姫。


無戦姫について言えることは、名前―否、愛称が無戦姫であることくらいだ。


それ以上の情報が見つからない。それは、例え専門家であっても同じだろう。普段どこにいるのかさえ定かではない、そんな奴だ。気づけばそこにいて、探しても見つからない。いつでもそばにいて、いつもそこにいない。そんな奴なんだそうだ。


実際、一度だって見かけたこともないので、俺にとっては噂話や伝説、逸話の類であるが、目撃情報がとんでもなく多く、噂話に積極的ではない俺のところまで情報が届くのだから、やはり存在自体はしているのだろう。


ともあれ、ここからは、一風の家での話だ。


3人で向かった久郷家は、意外と近場にあった。と言っても、越境はしているのだが、それでも近いことには変わりない。ありがたい限りだ。


しかし、家には肝心なものがなかった。


本来あるべきそれがなかった。門ではない。勿論、壁でもブロック塀でもない。


インターホンが、なかったのだ。


「あれぇ、おかしいなぁ。意外とないのかなぁ」

この女は、うーんと唸りながら、家の前でうろうろし始めた。


端から見れば、完全な不審者だ。

良かったな、意外ときれいな見た目のおかげで、お前ではなく俺が捕まりそうだ。


「うろちょろするな」

「ごめん」

聞き分けのいい奴だった。

そんな奴だったか?


「……呼び出す方法が難しいのであれば、少し戻って考え直すというのも手だと思います。難しいと言っても、皆無というわけではないでしょうし」


そう言ったその時、ドアの方から、どすっどすっという荒々しい足音が聞こえてきた。

少しばかり、緊張する。


固唾をのんで、ドアを見つめると、そのドアは、瞬く間に破壊された。開くわけでもなく、こじ開けられたわけでもなく、室内から、破壊された。ドアの破片は、こちらに飛んだだけでなく、全方向へと散らばっていった。


「……は、はあ?」

開いた口が塞がらないとは、このことだ。


「お前らか、俺の、愛する双子を連れ去ったのは」

その声は、地獄よりも深く、鉄よりも重く、針よりも鋭かった。


……怖い。


「……え、ええと」

もじもじしている妹御を見て、彼はふと我に返り、そして、

「聡子ちゃんに、何をした」

と、先ほどよりも少し明るい声で尋ねてきた。


「い、いや違うんだ。俺たちは何もしていない。ただ、あなたに少し聞きたいことがあって、来ただけなんだ」


事実を伝えることに精一杯だった俺の肩を、この女は静かに叩き、「あとは任せろ」と言わんばかりの自信満々な笑顔をこちらに見せてきた。


要らねえよ。


「まあまあ、落ち着いてくださいな」

「質問に答えろ」

「うっ。じゃあ、質問に答えるよ」


途端に不機嫌になるこの女。なんだよ、だったら最初から自信ありげな顔を見せるなよ。凄い良い案があるのかと思ってきたしちまったじゃねえかよ。


「あたしたちは、聡子さんに何もしていねえ。むしろ、聡子さんから助けを求められたんだ。懇願されたんだ。だから、あたしはこの男を連れて、ここに来たんだ」


まあ、少し言わせてもらえるとするならば、そんな話は聞いていない。確かに、会いたいという人がいるとは聞いていたが、そういうことだったのか。


「本当なのか、聡子ちゃん」

妹御は、静かに頷いた。


見た目30代前半なのにもかかわらず、ここでは中学生でもおかしくないような、そんな風貌に見えてしまった。


ちゃんと見ていなかったが、この妹御は背が低い。この女と並べてみると、その差は歴然だ。そう見て見ると、中学生のような雰囲気も、おおむね間違いでもないのだろう。


「分かったよ、ちょっと待ってて。今片づけるから」


背中から、諦めというか、呆れにも似た感情が、伝わってきた。無精ひげを生やし、ぼさぼさの髪の毛に、よれよれのTシャツを着ているのを見る限り、この人は相当荒んでいることが分かる。


荒んでいて、廃れている。


「一応言っておくが、まだ君たちを信じたわけではない。信用も信頼もしていない。あるのは、自信だけだ」

そう言って、彼は家の中へと入っていった。


「あちゃぁ、ありゃ格好つけたねぇ」

と、心無い冷やかしが入ったことを、彼は知らない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ