40日目:魚代三虎(うおしろ みとら)は永遠に死なない
「あなたの人生を、隣で見ていたいのですが」
その嫋やかで、可憐で、愛おしい声を、俺は二度と忘れないと誓った。
そして、それは50のおっさんとなった今でも覚えていた。
……京、まだ俺のことを覚えているか。
俺は、元気でやってるよ。
お前がくれた、あの旗と一緒に。
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今日は、昨日やおとといとは違って、雲が俺の頭上を覆っている。心なしか、寒さまで感じてしまう。嫌な日だ。こんな日は、早く今日の分の魚取って帰ろう。
そんな事を考えているときだった。
後ろから、声がした。
彼女のような声とは全く正反対の、掠れた声だ。しかも、自らの声を大切にしないタイプの、どうしようもない女の声だ。
まったく、その声を聴いただけで虫唾が走る。
それでも、声を掛けられたのなら返さなければならない。それは、人間として当たり前の行動だ。相手がやさぐれた人間だろうと、それは変わりない。
後ろを振り返ると、やはり予想通りの風貌をした女がいた。
雑に切られた短い髪。するどい瞳からは、これ以上悪態をつくなというメッセージを感じた。ニヤニヤした顔。両手を腰に当てているその姿は、本当に京とは正反対の女だ。
そして、こいつは俺の名前を言い当てた。いや、もう調査済みなのだろう。
俺は、何もしゃべらずに頷いた。
魚代三虎。
それが、俺の名前だ。それ以上に語ることは無い。
俺は俺であり俺でしかない。残念ながら、それだけなのだ。
強いて言うなら、生きることに疲れた、さえないおっさんとだけ言っておこう。
ふうっと一息つく彼女は、この菌近距離にもかかわらず、とんでもなく大きな声を出して、俺にお願いをしてきた。依頼というよりは、許可に近かった。
どうやら、一緒に釣りに行きたいらしい。
顔の前で合掌し、左目だけを閉じて頼む姿は、意外にも好印象だった。少し頬が紅潮したかもしれない。しかし、俺にはもう分かっている。こうやって、いろんな人に俺は使われてきたのだ。
あるいは、詐欺の為に。あるいは、脱出の為に。
そうやって幾度となく騙されて、俺は気付いた。
あいつ以外は、全員自分の為に行動しているのだということを。
まあ、それを悪いことだとは思わない。
彼女の奥の方を見て、確認する。
どうやら、追っ手はいないようだ。
特に嫌だと断る理由もないため、俺は立ち上がった。
その瞬間、彼女は一瞬戸惑った顔をした。そしてすぐ、俺の行動の意図をつかんだようで、鼻歌を歌いそうなほど上機嫌に俺の後ろをついてきた。
その姿に、少しだけ彼女の面影を感じた。そんなわけないだろうと思いつつも、そう感じざるを得なかった。俺の直感は当たらない。よくあいつに言われた。
誕生日プレゼントも、デート場所も、いつもあいつにはがっかりさせてばかりだった。
それでもあいつは、あいつなりに俺のことを庇ってくれていた。不器用な俺にそこまで付いてきてくれたのも、やっぱりあいつだけだった。
気づけば、俺の船がある港までたどり着いていた。
出港の準備をしていると、この女は不審なほどに周りをきょろきょろ見渡した。さながら、人探しでもしているようだった。ヒトデ探しなら子供のころやっていたし、人手探しなら、今もまだ継続中なのだが、俺は人探しというものをしたことがない。
去る者は追わず来る者は拒まずが、俺のモットーだ。
来るものが限りなく少ないというのは突っつかないで欲しい。
何かを見つけたのか、少し焼けた長い手を俺の肩へと伸ばし、もう片方の手で指差す方向へ俺を振り向かせた。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、すぐにそれだと分かった。
まあ、分かったときにはもう遅かったのだが。
この女は、自らが背中に背負っていた刀を、俺へと向けてきた。
なんて女だ。
死ぬ手前に、相手の名前だけ聞いておこうと思った。
それが、俺ができる最後のことだろう。
名前は、先崎咲季だという。
俺は、静かに首を斬られた。




