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陽元日記  作者: サツマイモ
魚代三虎編
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41/99

40日目:魚代三虎(うおしろ みとら)は永遠に死なない

「あなたの人生を、隣で見ていたいのですが」


その嫋やかで、可憐で、愛おしい声を、俺は二度と忘れないと誓った。

そして、それは50のおっさんとなった今でも覚えていた。

……(きょう)、まだ俺のことを覚えているか。

俺は、元気でやってるよ。

お前がくれた、あの旗と一緒に。

――――――――


今日は、昨日やおとといとは違って、雲が俺の頭上を覆っている。心なしか、寒さまで感じてしまう。嫌な日だ。こんな日は、早く今日の分の魚取って帰ろう。


そんな事を考えているときだった。


後ろから、声がした。

彼女のような声とは全く正反対の、掠れた声だ。しかも、自らの声を大切にしないタイプの、どうしようもない女の声だ。


まったく、その声を聴いただけで虫唾が走る。


それでも、声を掛けられたのなら返さなければならない。それは、人間として当たり前の行動だ。相手がやさぐれた人間だろうと、それは変わりない。


後ろを振り返ると、やはり予想通りの風貌をした女がいた。


雑に切られた短い髪。するどい瞳からは、これ以上悪態をつくなというメッセージを感じた。ニヤニヤした顔。両手を腰に当てているその姿は、本当に(きょう)とは正反対の女だ。


そして、こいつは俺の名前を言い当てた。いや、もう調査済みなのだろう。


俺は、何もしゃべらずに頷いた。


魚代三虎(うおしろ みとら)

それが、俺の名前だ。それ以上に語ることは無い。

俺は俺であり俺でしかない。残念ながら、それだけなのだ。

強いて言うなら、生きることに疲れた、さえないおっさんとだけ言っておこう。


ふうっと一息つく彼女は、この菌近距離にもかかわらず、とんでもなく大きな声を出して、俺にお願いをしてきた。依頼というよりは、許可に近かった。

どうやら、一緒に釣りに行きたいらしい。


顔の前で合掌し、左目だけを閉じて頼む姿は、意外にも好印象だった。少し頬が紅潮したかもしれない。しかし、俺にはもう分かっている。こうやって、いろんな人に俺は使われてきたのだ。


あるいは、詐欺の為に。あるいは、脱出の為に。


そうやって幾度となく騙されて、俺は気付いた。

あいつ以外は、全員自分の為に行動しているのだということを。

まあ、それを悪いことだとは思わない。


彼女の奥の方を見て、確認する。

どうやら、追っ手はいないようだ。

特に嫌だと断る理由もないため、俺は立ち上がった。


その瞬間、彼女は一瞬戸惑った顔をした。そしてすぐ、俺の行動の意図をつかんだようで、鼻歌を歌いそうなほど上機嫌に俺の後ろをついてきた。


その姿に、少しだけ彼女の面影を感じた。そんなわけないだろうと思いつつも、そう感じざるを得なかった。俺の直感は当たらない。よくあいつに言われた。


誕生日プレゼントも、デート場所も、いつもあいつにはがっかりさせてばかりだった。


それでもあいつは、あいつなりに俺のことを庇ってくれていた。不器用な俺にそこまで付いてきてくれたのも、やっぱりあいつだけだった。



気づけば、俺の船がある港までたどり着いていた。


出港の準備をしていると、この女は不審なほどに周りをきょろきょろ見渡した。さながら、人探しでもしているようだった。ヒトデ探しなら子供のころやっていたし、人手探しなら、今もまだ継続中なのだが、俺は人探しというものをしたことがない。


去る者は追わず来る者は拒まずが、俺のモットーだ。


来るものが限りなく少ないというのは突っつかないで欲しい。


何かを見つけたのか、少し焼けた長い手を俺の肩へと伸ばし、もう片方の手で指差す方向へ俺を振り向かせた。


一瞬何が起こったのか分からなかったが、すぐにそれだと分かった。

まあ、分かったときにはもう遅かったのだが。

この女は、自らが背中に背負っていた刀を、俺へと向けてきた。


なんて女だ。


死ぬ手前に、相手の名前だけ聞いておこうと思った。

それが、俺ができる最後のことだろう。


名前は、先崎咲季だという。


俺は、静かに首を斬られた。


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