31日目:人間のような、人間じゃないような
「……人間、だよね?」
そんな呟きさえ虚しいほどに、自分の周りには人っ子一人いなくなりました。
もう目の前には、あの生物はいないにもかかわらず、未だに自分の足を思うように動かすことができません。まるで、彼女(彼)に魔法でもかけられているようです。
不快感さえ感じる汗がジワリと体中からあふれ出します。曇り空のはずの世界が、一瞬にして灼熱地獄にでも変わったかのように熱いです。目はきっと見開いたままでしょう。
飛びそうな意識を何とかして残していると、自分が過呼吸になっているのを感じます。はあ、はあという音が体中を駆け巡ります。
同時に、心臓の脈打つ音が呼吸とリンクしていき、終わらない悪夢でも見ているかのように、未だに汗は止まりません。
次第に視界もぼやけていきます。呼吸数はもう計り知れないです。
自分の周りの酸素はすべて吸い尽くしたかもしれません。
ついに、世界は、真っ黒に染まりました。
「……おーい。少女。起きろー」
そんな声を聞き、ようやくうちは目を覚ましました。
目を覚ました場所は、先ほど倒れたであろう場所ではありませんでした。そもそも、屋外ではありませんでした。
天井があり、壁があり、棚があり、机があります。扉の先には、何やらケーキ屋や和菓子屋にありそうなディスプレイがあります。
「あ、ようやく気付いたか」
視線を真逆に向けると、そこにはうちより、少し小さめの少女がいました。いや、少しではありません。中学生くらいですか。何でしょう、この国には女の子が多いんですかね。
……あ、でも刀の人は男性でしたか。
「え、ええと、ここは」
と、聞こうとしました。尋ねようとしました。
しかし、またもや目の前の空前絶後の情景に、言葉が詰まりました。
詰まるって言葉、あんまり良いイメージが無いんですけど、それでも言べんに吉なんですから、もう少し感じ良く使いたいものですよね。
そんな事を考える余裕があったのは、さっきも同じような状態に出くわしたからかもしれません。慣れってやつですかね。もしくは、呆れかもしれませんが。
「……浮いてますよね?」
「え?ああ、うん。もちろん」
「……もちろん、何ですね」
「まあ、それが僕の特技だから。特技というか、能力というか」
「……あなたの名前を聞いてもいいですか?」
初対面にはなるべく敬語を使わないようにしていたけれど、こればっかりはどうしても下手に出てしまいます。だって、怖いんですもん。
「僕の名前は、必路五雲だ」
「ひつじさん」
…なんともかわいらしい苗字です。
「君は?」
「あ、ええと私は、笹指詩沙と、言います」
ああ、とうとう一人称まで改まってしまいました。どれだけ下手に出れば気が済むのでしょう。
「そうか、ささささというのか」
「いえ、違います。何ですか、初めにゲームをやる際、名前を決めるのが面倒だからっ適当に付けた感じの苗字は」
「そうか、さしさしというのか」
「いや違うって。すごくアイドルの愛称っぽくなって可愛いけれど違うって!」
「ごめん、言い慣れてなくて」
「まあそうだよね」
もしかすると、距離を縮めようとやってくれたのかもしれません。ありがたい限りです。にしても、この人は彼女なのでしょうか。彼なのでしょうか。今日はそんな人に出会ってばかりです。
男の子っぽい女の子、久郷楓。
男の子と女の子の融合、謎の生物。
そして、彼女?か彼?か分からない必路五雲。
「それで、君はあそこでどうして寝そべっていたんだい?まさか、日向ぼっこというわけでもないんだろう?」
「まあね。太陽が出てればそれでもいいんだけど、って違うから。うちは寝てたんじゃなくて、倒れたの」
どうして自分の恥ずかしいところを延々と語らなきゃいけないんだろうと思いながら、数っと息を吸ったその時、何の前振りもなく、彼女(?)は言った。
「ああ、あいつと会ったのか」
「……え?」




