29日目:神のような王様と悪魔のような双子
「人間がまだ人間の形をしておらず、おおよそ猿と似た体をしていたころ、」
「いや待ってください、そんな昔なんですか⁈」
「まあ、嘘だけどね」
「嘘を吐かないでください。暴言を吐きますよ」
「暴言はやめてよ。せめて助言にしてよ」
「どうしてうち、私が助言しなければいけないんですか!」
例えウザい奴であろうと、面倒な奴だとしても、年上であることに変わりはないので、ここで暴言を吐くことはしませんけれど。それにしても、この人は会話がしづらい。
……もしかして、何でもポジティブっ、て同類だから?
……あれ、じゃあブーメラン発言しちゃったってこと?
「まあ、そんなに前じゃないよ。強いて言うなら、陽元王国が絶頂期を迎えていたころだ」
うちの自問自答を遮るようにして、彼は続けた。
「その時の王様の名は、レイズ・パトリ。優しさの塊のような人だったみたいだよ。おまけに容姿端麗ときた。さらに付け足してしまえば、彼は絶対的な才能の持ち主だった」
「絶対的な?」
絶対的な才能という、寡聞して、否多聞であれど聞かないような言葉に、無意識にも反応してしまいました。無視できないですね。まあ、会話なので、無視というよりは無聴って感じですけれど。
「うん。この場合は圧倒とか最強とか、そう言った言葉を使った方が日本語的には良いのだろうけれど、彼の場合はそことは比べ物にならないほどに強い。対戦相手の想像を絶するほどにね。
「あるいは、対が無いという意味で、絶えているという意味でも絶対的だ。」
「ただ、これはあくまで彼の日記であり、第3者の書いたものではないから、もしかすると嘘かもしれないのだけれど、でも彼の書記の信憑性は異常に高いんだ。
「まるで彼の手の上で世界が回っているようだよ。ころころ、ころころとね」
そう言う彼は、うちがいることも忘れて、非常に楽しそうです。いや、うち、後ろなんですけど。背中向けないでくださいよ。
「時間停止。時間遡り。時間加速。時間延長。時間延伸。過去復元。未来予知。その他、時間操作は勿論だよね。それに他にもあるんだよ。瞬間移動。空間創造。さらに、五行操作。
「ああ、五行操作って言うのはね、つまりは五行説から来ているんだけどね。だから、火・木水・金・土の5つのことなんだよ。それを彼は、創造も変形も何もかもを操作できたんだ。
「そして、最後の武器は、それらすべてを武器にできるということだ。彼は、時間でさえも、剣にすることができた。何を言っているのか分からないとは思うが、そう書いてあるのだから仕方がない。」
「だからこそ、この世の中はおかしなことになっているのだよ」
……だからこそ、この世の中はおかしなことになっている?
彼の言葉を、心の中で反芻してもなお、その言葉の意味は理解できなかった。もしかして、うちってそんなにバカなんだろうか。
「……そんな彼は、今はいないんですよね?」
「まあね。死んだわけではないんだけれどね。消えてもいなければ、滅びてもいない。溶けてないし、崩れてもいない。頽れることもなく、ここにいない」
「……死も消滅も蒸発も溶解もないのに、ここにいないなんてことがあるんですか?」
「ごめん。今のは、聞き逃してくれて構わない。それはあくまで歴史上の話だ。つまりは空白の話だ。空白ではなく事実として、今は歴史とは異なることになっている。歴史において、彼はいなくなったことになっているのだが、事実はそうではない。新たに刻まれた歴史だよ。また君は、空白を一つ埋めてしまったようだね」
「……うちにもわかるように言ってください」
「これでも分からないか」
「もうそれ悪口ですからねっ!?」
「だから、そこにいるじゃないか。いないという歴史は覆されて、事実としてそこにいるじゃないか」
そう言う彼は、くるっと椅子を回し、うちの手にある紋章を指差して、更に付け加えます。
「その紋章の中に、閉じ込められているんだよ」
閉じ込められた?それなら確かに、死んでいなくても、消滅も溶解も蒸発もなくても、いなくなることはできます。でも、そこに至るまでに、たどり着くまでに考えられることが多すぎます。この人が不自由することがあるのでしょうか。人生において、生きることにおいて、―なんかもう生きているといってもいいのか分かりませんけど―それでも彼が生きる上で、不自由することができるのでしょうか。
……彼のペースに乗せられると、日本語がめちゃくちゃになります。天才と書いて化け物と読むような体質の人は、こうやって新たな日本語を生み出すのでしょうか。
「……彼は、全知全能だったんですよね?なのに、どうしてそんな負い目を受けているんですか?」
「まあ、彼は全能であっても、全知ではないからね。言ってしまえば、もう馬鹿の類でもあるからね。だって、能力全部書き残しちゃうくらいだし」
「じゃあ、どうして?より疑問が深まるんですけれど」
「彼は全知じゃなかったからね。つまりは、先祖代々王様が敵対している名家のことを知らなかったんだろうね。つまりは、クーゴ家のことを」
「クーゴ家?」
うちの疑問を聞いた瞬間、彼の手は横の壁の本棚へと動いていた。
「うん。その時の書によれば、双子だったようだね。カエデ・クーゴとハヤテ・クーゴ。両方女の子みたいだね。片方が能力破壊。片方が生体保存。どっちがどっちまでかは分からないけれど、どうやら能力破壊の方が、追放されて、生体保存の方が姫へと階段を昇って行ったようだね。何だろうこの差は、気になっちゃうなあ」
「……確かに、それは気になりますね」
「そうだ、調べてくれないかな。どっちがどっちとか。その辺のこと。分かったら、教えてよ。大丈夫、バイト代は弾むからさ」
そんなこと言われなくても、気になれば調べますけれど…。まあでも、お金が絡むとやる気が出ますよねっ?
「分かりました。じゃあ、船貸してもらえますか」
「分かったよ」
どうやら、ようやく出航となりそうです。




