27日目:笑顔の裏に
「お風呂、ありがとうございました」
皆さんが期待しているであろう、うちのシャワーシーンは、残念ながらお伝えすることはできません。ご了承くだされ。
まあ、言い訳をするのであれば、風呂場が完全に風呂場として機能しておらず、ランダムに止まる滝のようなシャワーを使い、更に岩の集まりみたいな浴場に浸かっていたのでどうせ見たところで、「あれ?修行かな?」としか思えないですよ。
「いやいや、綺麗になって良かったよ」
「こんな言い方するのは失礼ですが、生きづらくないですか?この家」
ぐるっと一周見渡しても、うちは考えは変わらなかった。
しかし、彼女はそう思っていないようで、自分の周りを見渡し、うーんと唸って、
「そうかなぁ?」
とうちに笑いかけた。
いや、笑いかけられても。
「確かに、自然と共に生きるって言うのをモットーに造った家だから、皆には生きづらいのかな。せっかくだから、まあ、座ってよ。紅茶を淹れたからさ」
手の差した方を見ると、確かに紅茶はあった。
というか、紅茶どころか茶葉ごと育てていた。
本当に自然と共生してんだなあ。
「あ、ありがとうございます」
今日やるはずだった仕事を棚に上げて、うちは紅茶を飲むことにした。
正直、紅茶の違いとかあんまりよく分からないけれど、とりあえず上品な感じがしたと言っておこう。紅茶において美味しいとはどういうことなのか、いまいちわからないですし、ここで下手に「美味しいですね」とか言ってしまうと、「あ、こいつ分かってねえな」とか思われそうですし。
「いやあ、最近他人とお話しすることがなくってさ。でも、ここで可愛い子と出会えるなんて、ついてるなあ」
「……そんな、可愛いとか、言わないでください」
言われていないと、恥ずかしいとか照れくさいとかより、「んなわけねえだろ」という反抗の気持ちを持ってしまう。
……気持ちを持つって、頭痛が痛いみたいな感じになっちゃうのかな?
「いやいや、そんなに褒めているわけではないんだよ。なんていうのかな、不公平というか、差別的というか。この世界は、そんな世界なんだろうなあって」
……?
この人はいったい何を言い出したのだろうか。
ただ彼女は、うちのことを褒めていただけのように思えた発言が、いつの間にか世界的な話になってしまっている。
彼女の表情は、達観しているようにも、諦念しているようにも思えた。
庭―――と言っても、家ごと同化しているので、あくまで定義としての庭―――から差す日光が、彼女の背中へと当たり、哀愁を漂わせていた。
「……それは、どういうことですか?」
「そんなに難しい話ではないんだよ。そうだね…、簡単に言ってしまうと、スキルってやつかな」
「スキル?ゲームとかの、アレですか?」
「そうそう。この世に生まれる前には、それぞれ何かしらのスキルが与えられているということだよ。それを自覚しているのかしていないのか、それで人生が決まると言っても、過言ではないと、私なんかは愚考しちゃうんだけどね」
「…スキルは、つまりは才能ということですか?」
「まあね。そうとも言う。というか、そうとしか言えないね。そして、その才能とやらは、多種多様であり、それをちゃんと使えるかどうかは、環境次第というわけだ」
「環境次第?」
「たとえば、多種多様な才能の一つに、殺人能力が高いというのがあるとするだろう?でも、この世の中では、それは犯してはいけないタブーだ。というわけで、その人の能力は、その人の才能は、この世の中では使えないのさ」
「……何やら、難しい話ですね」
「まあ、世の中まで広くなくとも、それは家族内でも起こるんだろうけどね」
「…親が、子供の夢に反対するとか、ってことですか?」
「夢…か。夢というのは、また少し変わってきちゃうんだけど…、例えば、蹴球が上手いとして、友達とか、監督とかには将来を期待されるような選手になっている人がいるとする。でも、彼はまだ学生。そんなとき、両親がその道に進むことを反対してしまう。とまあ、そんな感じかな?折角の才能も、周りが気付かなきゃ、無駄だからね」
「…そして、環境次第で才能の優劣が付く」
「まあ、そういうことだね。ほら、差別的だろう?家族がどうとか、知り合いがどうとか。自分では、どうすることもできないようなところで、優劣はついてしまうのさ。君の場合は、両親がたまたま美形だったために、可愛く生まれてきたというわけで。そして、その美貌を活用できるかどうかは君次第。私は、そういうお手伝いをしたいんだ」
ぐっと紅茶を一気飲みし、彼女は宣言した。
「自分の才能に気づける、そんな手伝いをね」
笑顔が綺麗な彼女を、日差しはさらに照らした。それは、後光のようでもあった。




