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陽元日記  作者: サツマイモ
天秤物語
25/99

24日目:ありふれた起床

先輩もするという日記というものを、後輩であるうちもしてみようと思います。

と言っても、先輩みたいに饒舌には語れないとは思いますけどね。ポジティブでも、そういうところは弁えていますから。とりあえずまあ、始めて行こうかなと思います。


気づけばもう、8月ですね。

暑いです。


太陽は、未だに元気いっぱい輝いています。いくら大きな屋敷といえども、全ての部屋にクーラーや、その類のものがあるわけではなく、―――強いて言えば、台所にあるくらいで―――そのため、朝から晩までずっと、暑いままなのです。


今日もまた、そのじめじめとした、べたべたとした朝を迎えたのです。

まあ、じめじめしているということはつまり、水が豊富に含まれているわけで、そう考えれば常にお肌プルンプルンになるのではないかと、期待してしまいますけどね。


ただ、自分の体としては良くても、全てのものが湿気があればいいってもんじゃありません。たとえば、今、うちが二度寝を敢行しようとしている布団とか、日光の強さを防ぎきれていないカーテンとか、その辺はカビが生えてしまいます。


カビ。つまりは、菌。細菌にして、黴菌(ばいきん)

それを見てしまうと、さすがに萎えてしまいますね。

少し匂いを嗅ぐと、少し臭いです。すこし、見てみましょうか。


うわあ、汚い。


しかし、3大欲求とはすごいもので、その上でさえ二度寝をしようとしてしまうのだから、頭が下がるばかりです。じゃあ、おやすみなさい。


「ちょっと、お待ちになって!」


声の正体は、うちの使用人でした。



時間旅行の到着後、街をぶらぶら歩いていたところ、この人と出会いました。名前を、確か柢沼聡子(たいぬま そうこ)と言うそうです。白髪交じりの黒髪を一本に束ね、真面目さを際立たせる丸眼鏡をかけています。年は相当いってそうではありますが、家事全般を何十年とこなしているために、その手さばきは見事なもので、下手にうちが手を出すと、彼女にとって二度手間になってしまうほどです。


そんな彼女に、出逢った際に、こんなことを言われました。


「ああ!お嬢様っ!こんなところにいらっしゃったのですねっ⁈」


思いもよらぬ発言に、道路のど真ん中で「え、は⁈」と叫んでしまいました。皆の目線が内に集まり、顔が真っ赤になるのが分かりました。いやあ、恥ずかしい。


そこから、うちの話も全く聞かず、こうしてこの屋敷の一人娘のように扱われているのです。

いつちゃんと話せばいいのやら、分からない次第でございます。


「え、何でしょうか?」

「いえいえ、寝ることは良いことではございます。寝る子は育つとも言いますから。しかし、今からもう一度寝てしまうというのは、いささか怠惰すぎではありませんか?」

「……そうですね、じゃあ、起きます」

「そうして頂けるとありがたいです。幸い、今日は良い天気でございます」

「そ、そうっすねぇ…」

うちがこの暑さにまだ慣れていないことを、彼女はまだ知らない。


「では、ご飯にしましょうか。先に、1階に降りていてください」

「了解でーす。そういえば、先輩はいるんすか?」

「先輩…、ああ先崎さんでしたら、もうお出かけになられましたよ?確か、釣りに行くそうですよ」

「そうですか…、ありがとうございます」


いまいち言葉遣いに違和感を感じる。というか、距離感がつかめない。


一応彼女の中では、上下関係というか、主従関係が定まっているのだとは思うんだけれど、でもうちにとってはただの他人なんだよなあ。まあ、家事をしてくれているのにその言い方は失礼だけども。でも、どうも慣れない。敬語の方が良いのか、普通にため口を聞いてもいいのか。迷いどころなのです。


「ああ、でもたんかちゃんがまだ起きていないと思うので、起こしてきてもらえますか?」

「あ、はい。分かりました」


あの一件以来、水瓶丹香はうちと同様、この屋敷に居候させてもらっている。隣の部屋で生活する彼女ではあるけれど、滅多にそっちで寝てくれない。


よく先輩の部屋に行っては、そこで寝ているらしい。


「まあ、今日もそうなんだろうけどさ」

うちと打ち解けるのに、時間は必要なかった。


むしろ、彼女はうちを小ばかにしているようにさえ感じるときもある。しかし、うちは特に気にしない。だって、見た目幼女でも中身は相当なおばさんだ。負け犬の遠吠えにしか聞こえない。


…待てよ、それじゃあうちは猿?


いないはずの先輩の部屋が閉まっている。

静かぁに、そっと開けると、やはり彼女はそこに眠っていた。

そぉっと、そおっと、近づく。

彼女の耳まで、残り数㎝。


「わあ!」


突然の大きな声に、驚かない奴なんていないだろう。脅かしくらいしてやろう。

そう思ったうちがバカでした。


反省文なら、そうやって書くだろう。


何が起こったのかと言えば、何も難しい話ではない。


耳元で叫んだ次の瞬間、横を向いていた彼女の右手で作られた拳が、うちの顎へとクリーンヒット。さらに、その流れで腕をうちの首へと巻き付け、寝がえりの要領でうちを投げ飛ばした。

最悪、首折れてたんだけど?!そこまでやる必要あった⁈


「あ、おはよう。どしたの、そんなところで寝ちゃって。危ないよ、その寝方」

「たんかちゃんの方が危ないよ」


本当に全く、よくもまあこんな寝相の悪いやつと寝られるんだか。


先輩すげえよ。


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