19日目:いざ、出陣っ!
あらかじめもらっていたノートに相生地方までと書いて、流れる車に向けた。
「あれ?旅行ですか?」
優しそうな老紳士だった。
「ええ、そうなんです。乗せてくれませんか?」
「ええ、良いですよ」
「ありがとうございますっ!」
これらすべてが、自分の容姿のおかげだということを、その時はおろか、今でもなお信じていない。後輩は断言するが、別にそこまであたしはきれいでも可愛いわけでもない。
「相生地方の、どこまで行くのですか?」
「ええと、北の鬼って呼ばれる蹴球チームのところまで」
「……あそこまで、行くのですか?」
彼は、少しためらった。何をためらったのかは定かではないが、息を吸ってそのまま飲み込んだのは確かだった。
いやいや、何?なんか、あるの?
「え?ええ、まあ。何かあるのですか?」
運転している老紳士の腕に、少し力が張ったのを感じた。血管が浮き出る。
そして、彼は震えた声で、呟くように言った。
「申し訳ありません、その近くまでは行けるのですが…」
ハハッと笑ったが、その瞳は全く笑っていなかった。
「……いえ、こちらこそ。近くまでで十分です。ありがとうございます。ただ、一つ聞いてもいいですか?」
また少しぐっと力を入れ、それから決心したように、「ええ、何でしょう」と言った。
「北の鬼と呼ばれる所以を、教えてもらってもいいですか?」
「……そうですねぇ。僕が知っている限りでは、彼らはとても卑劣でしてね。ルールすれすれの試合を何度もしては、協会から注意されていて、しかしそれでも治らないという最悪なチームなんだよ」
「最悪のチームなら、どうしてチームごと消せなかったんですか?」
削除とまではいかないまでも、抹消とか、除名とか、そういった対策はできたはずだ。
「それが…分からないんですよ。どうやら、彼らは異国の人々らしくてですね」
「異国の、人?」
「ええ。蹴球というスポーツは、国境が弱いということで有名です。そこに住んでいなくとも、そのチームの選手であれば、代表として試合ができるのです」
「ほえー」
「しかし、僕らが知りうる情報と言うのは、そこまでで。誰も、それ以上のことは知らないのですよ」
「そうなんですか」
異国の人。それは、つまりは陽元王国の人々ということだろうか。
いやいや、それを決めつけるのはいささか尚早だ。
人間というのは不思議なものだ。例えば、初めに考えていたAと言う事象があり、その後誰かから伝聞された事象Bがあるとする。すると、人間は、全く関係ない二つの事象を繋げようとし始める。そして、それらを同じ人物が行ったことだと勘違いをし始めるのだ。
今のあたしも、それをしそうになっている。
ただ、つじつまが合わないわけではない。
もしも、彼らが陽元王国の人々なら。
彼らは、歴史の終わりを知っている。つまりは、その競技の行きつく先を知っている。ルールをぎりぎりで守り抜き、なおかつ勝利する方法を分かっている。つまりは、必勝法を携えているのだ。さらに、協会側の追及も、躱せるだろう。
なぜなら、彼らは議論の最期まで知っているのだ。どうすれば、議論が終了するのか、しっかりと把握している。
ここまで来ると、彼らはもう全知全能の神の様である。
「じゃあ、近くまで送りますね」
老紳士はアクセルをぐっと踏み、速度を上げた。
夏の空は、青く、澄み渡っていた。
あたしの心は、澄み渡ってなどいないが。
そこに着いたのは、太陽の沈んだ、冷たい風が吹く、晩のことだった。




