13日目:笹指冴枝について
ここからは、回想で良いだろう。つまりは、こんなことがあったらしい。
「ねえ、あなたは刀鍛冶っていうけどね、こんな田舎におったら、仕事なんて来うへんのじゃない?」
「いえ、これでもわたくしは結構な芸歴を持っておりまして。ええ、おりますとも。今日は、最終形態を作りに来たんですよ。ええ、最終形態ですとも」
「最終形態?それって、あなたの?それとも、刀の?」
「強いて言うならば、そうですね。戦の歴史と言いたいところですね。ええ、そう言いたいですとも」
「戦の、歴史の、最後?」
「いえいえ、最後ではなく最期。終わりという意味です。ええ、そうですとも。」
「終わり…ねぇ?」
「堅固な刀。斬れる刀。量産型の刀。軽い刀。重い刀。飛び道具、銃。一部を守る盾。全身を守る鎧。街ごと守る壁。高さを利用した城。電気を用いた持続性。自然の力を使った永久性。変わりゆく戦の武器や防具の最終形態を作ろうと、意気込んでいるのですよ。ええ、そうですとも」
「へ、へえ」
「あなたは、どうしてここで修行に励んでいるのですか?」
「うちは戦いたくても、戦わせてもらえんから」
「おや、命を落とす危険があるという戦場に、行きたいと。これは驚きですねえ。ええ、驚きですとも」
「なんで?」
「それは、まああなたが麗しい女性であるからです。ええ、そうですとも」
「なんの恥ずかしげもなくよくことを言えるわね」
「事実ですから。ええ、事実ですとも」
「そ…そう?」
「そのため、より一層疑問が深まるのです。ええ、深まるのですとも」
「それは…そうね。お兄ちゃんたちと同じことをしたいってことかな?別に、戦いに興味はないし、天下なんていらんけんども、でも運動は得意だもんで、一緒にしたいだけかな」
笹指冴枝の素振りは、見事なものだった。まるで、体の中に一本の鉄柱が刺さっているのではないかと思わせるような良い姿勢で繰り出される、刀を振り下ろすスピードは全国に名を馳せるような剣豪さえも唸ってしまうような、そんな美しさが備わっていた。
さすが、笹指家の人間だと言わざるを得ない。
他九人の兄弟だって、別段彼女よりも能力が下なわけではない。むしろ、構えや道としての剣術は彼女よりは格段に上だ。
しかしながら、兄弟曰く、彼女の能力は実戦で発揮されるという。
そして、それが兄弟さえも恐れる彼女の本性だという。
相手を一瞬で怯ませる鋭い眼差し。
どこの隙も見せない圧倒される風格。
並大抵の人では観測できないスピード。
理論上は可能を体現してみせる剣捌き。
急所以外の部位を知らない壊れた性格。
そのすべてを見た者はいないそうだが、もしもこれが全て重なったときのことを思うと、背筋が凍り付く。何もしていないのに、殺された気分になってしまう。
先ほど、『女の子だから』と言う理由で戦場に行かせなかったということを言っていたが、―もちろんそれもあるだろうが、それ以外の理由を見出さざるを得ないような気がする。
彼女が戦場に現れた瞬間、ありとあらゆる戦は一度幕を閉じるだろう。
それは悪いことではない。むしろ良いことだ。
しかし、彼女の強さは、絶対に禍根の残らない終わり方をさせないだろう。
敵軍丸ごと、叩き潰す可能性があり。
敵国丸ごと、傾かせる可能性があり。
世界丸ごと、消滅させる可能性があるからだ。
もしも、敵が残ったとしても、彼らにとっては恨みを持つに決まっている。
なぜなら彼女の性格があるからだ。
ある日、2番目の兄が彼女に対しこう聞いたそうだ。
「どうして、お前は俺たちと同じように戦場に立とうとするん?」
「え?だって、楽しそうだもん。ずるいよ、うちだけ仲間外れなんて」
微笑みながら、子供のような無邪気さをちらつかせつつ、そう言ってのけた。
命を懸けた戦でさえ、彼女にとってはじゃれ合いにすぎないのだ。




