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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
六幕 遼賀 薫瑠(りょうが かおる)-II
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VI-09.覆面の四半妖獣

「すまないけど、ちょっと下がっててくれ」


 偶谷くんは様子をうかがう四半妖獣たちの方に向き直ると、私たちにそう言った。まるで立場が逆だ。普通なら、私がそう言うはずなのに。

 偶谷くんが素の体力で四半妖獣たちを討伐したとは考えにくい。というより、丸腰で行くのはリスクしかない。おそらく武器を振りかぶる前にお腹を引きちぎられるだろう。ということは、例の狩気能を使ったとしか考えられない。偶谷くんが事前にそう言ったのは、私たちに対する気遣いゆえだ。


「分かった」


 私は近くの草むらに身を隠し、偶谷くんの方を見た。偶谷くんの狩気能がどれくらいの範囲に効果を及ぼすのかは分からないが、直視するよりはマシだろう。


「確かにあの狩気能を使えば、倒せはするだろうけど……」


 私の背中で、香凛が不安そうな声を上げた。しかしその声が偶谷くんに届くはずもない。目の前で偶谷くんが狩気を上げるのが見えた。


「自在に操れるようになってる……」


 妖獣の持つ独特の能力、狩気能。妖獣本人でさえ扱いきれない部分もあり、普通は慣れて使いこなせるようになるには長い時間がかかる。長い時間、というのには個人差があるが、少なくとも数日や数週間で慣れるものではない。退妖獣使になる前の一年間は、うまく狩気能を使いこなせるようになるための期間でもあるのだ。

 それを最初から備わっていたかのごとく、偶谷くんは使いこなしていた。狩気の上げ方があまりにも自然すぎる。


「お前ら……夜になってのこのこ出てきて、ただで済むと思うなよ」


 偶谷くんはそうつぶやいて、狩気能を発現させた。左目の青色が夜の闇に光る。変化は一瞬で起こった。偶谷くんのただならぬ雰囲気に警戒し(うな)っていた四半妖獣たちが、もがき苦しみ始めた。


「グ……グァ」


 四半妖獣たちは皆一様に情けない声を上げて、喉元を前足で押さえる。その状態から瞬く間に、彼らの体は消滅した。風に吹かれて舞い散る海辺の砂のごとく、粉のようになって消え去った、と表現するしかなかった。


「あれは……」


 あまりにも特殊すぎる倒し方だった。狩気能を使って実際に斬ったり殴ったりしなくても傷を付けられる、というのはあるかもしれないが、それにしても不自然、と表現した方が正確だった。

 私の疑問をよそに偶谷くんは狩気を下げて、私の方にやってきた。


「よかった、俺にも狩気能が持てて。ちょっと他の人のとは違うみたいだけど、それでもよかった」


 当の本人はその狩気能の特殊性をあまり気に留めていないようだった。私の方が気にしすぎなのかもしれない。ただ、偶谷くんの出自が特別なことが頭をよぎって、どうも笑って済ませられる問題ではない気がしてならないのだ。


「……もし」

「ん?」

「もしそれで四半妖獣たちが倒せるとしても、これからも使い続けるつもり?」


 私は探るように、そう偶谷くんに聞いた。偶谷くんは少し考えた後、明るい表情でうなずいた。


「使うかな。俺は今まで、特に何かにこだわることもせずに、流されるように生きてた。その割には四半妖獣だから、って好奇の目で見られて、俺が何もしてなくても損する、ってこともあった。けど、今は違う。この狩気能を使えば、人間に迷惑をかける四半妖獣を倒せる。数を減らせる。それなら、ちょっとでも役に立った方がいいんじゃないかって、俺は思う」

「……そっか」


 間違ってはいない。実際、退妖獣使たちにとっては助かるし、心強い味方になってくれることだろう。私が知っている退妖獣使の中に、人間を食べるが襲うのは面倒、と言う四半妖獣と組んで活動している人がいるが、そんな四半妖獣のように注目されることにもなるだろう。私が口出しすべきことではないのかもしれない、と思い始めていた。


「俺もついていく。次はどこだ?」

「その必要はない」


 引き続き四半妖獣の討伐をする、と張り切る偶谷くんの声が、別の声で遮られた。金属同士が擦れ合って、軋んでいるような感じだった。その声には、嫌というほど聞き覚えがある。


「覆面の四半妖獣……!」

「その呼び方は気に入らないが、まあいいだろう。明かしてやっている特徴がそれしかない以上はな」


 覆面の四半妖獣は偶谷くんに近寄った。そのまま偶谷くんのお腹のあたりをわしづかみにして、ふっ、と笑みを漏らした。


「放しなさい!」


 私が気付いて飛びかかったが、ワンテンポ遅れた。私が偶谷くんの体を触る頃には、とっくにその四半妖獣は飛び退いて十メートルほどの距離を開けていた。


「……!?」

「こいつは俺たちにとって、必要な存在だ。悪く思うな」


 そう言い残して、覆面の四半妖獣が偶谷くんを抱え込んだまま飛び上がった。翼やそれらしきものもない状態で空高く飛ぶ様は、異様というほかなかった。


「なっ……!」


 そのまま遠くの方へ飛び去る覆面の四半妖獣を、私は慌てて追いかけた。香凛に最大スピードを出すように言った。


「これ以上は無理……追いつけない」


 香凛も瞬時にそのことを悟ったらしかった。


「……かおるん」

「なに」

「あの覆面の四半妖獣の飛び方……虎野に似てない?」

「……言われてみれば」


 私は空中で体のバランスを崩さないよう注意を払いつつ、ほとんど点になってしまった覆面の四半妖獣の方を見た。狩気能を発現させると、その姿ははっきりと見える。確かに飛ぶ高さの調節の仕方や、飛ぶ軌道が何となく虎野に似ている気もした。虎野の飛び方をはっきりと意識していたわけではなかったが、似ていると言われれば似ている、そんな印象だった。


「かおるん、見失わないようにだけ、気を付けてね」

「分かってる……!?」

「どうしたの?」


 いつも住んでいる場所からはかなり離れて、そこそこの高さの山の上に差しかかった時だった。覆面の四半妖獣が飛んでいる方向から、私に向かって何かが飛んできているのを、とっさに感じた。


「何か飛んできてる……!」

「鳥? ゴミ?」

「いや……あれは」


 私が暗闇の中でさらにはっきりと見るべく目を凝らした、その瞬間だった。はっきりと何かが、私の頬をこすった。そのこすった場所が、異様に熱く感じられた。


「血……!?」


 頬を触って手についたのは血だった。幸い深い傷ではなかったようだが、驚きを隠すことはできなかった。


「血?」

「危ない!」


 今度は月の光の角度が合っていたのか、何とか見えた。私の位置を正確に理解しているかのように飛んできているのは、銃弾だった。

 しかし気付いた時には手遅れだった。何とか見ることのできたその銃弾はそのまま私の肩をかすって、白装束が少し赤く染まった。


「……っ!」

「かおるん、高度を下げるよ!」


 このままでは危ないと判断した香凛が、独断で私の体の高度を下げた。がくん、と衝撃が私の体を襲った後、目に見える景色が少し変わった。その間にもより深手を負った肩が、ずきずきと痛んでいた。


「あの距離で狙って撃ってきてる。しかも、かなり正確に。気を付けないと……あぁっ」


 銃撃は止まなかった。もちろん連射ではない。一発一発確実に、私の方を正確に狙ってきていた。命中し致命傷を負うのが時間の問題、ということが頭をよぎってしまうほどだった。さっき傷を負ったばかりの右肩を、覆面の四半妖獣は執拗(しつよう)に狙っていた。その右肩を意識的に下げると、今度は後ろにいる香凛の翼を掠るようになった。


「どこを狙って……いや、香凛……!?」


 狙いは私ではない。私が飛ぶのを可能にしている、香凛を撃ち落とすのが狙いか。そう気付いた時には遅かった。私の背中に比して案外大きい香凛の翼の真ん中に銃弾が命中し、香凛の換装が解けた。


「香凛……!」


 香凛の体が私から離れ、命中した地点からまっすぐに落ちていく。私にはそれを助けに行くことはできなかった。それどころか飛ぶ機能を失った私も、翼で飛んでいた余韻を残しつつ、眼下にある深い森へ突っ込んでいくのが分かった。私と香凛とを引き離すことこそが狙いだったのだ。


「このまま落ちるわけには、」


 香凛は足を下にして落ちていったのが見えたから、まだ助かる見込みはあるだろう。だがもともとお腹を地面の方に向けて飛んでいた私が落ちていけば、頭から地面に突っ込むのは目に見えている。私は狩気能を最大限に発現させて、一番自分の体が無事になるような落ち方を弾き出した。急に自分の体にのしかかってきた風圧に耐えつつ、何とかその態勢に変える。


「ぐっ……!!」


 態勢を変え終わった時にはうっそうと生い茂った木々が目の前まで迫っていた。ぶつかった瞬間に、意識する間もなく私の自我は飛んでしまった。

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