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K市  作者: トマトマ
4/5

K市-冬




寒さは、恋に似ています。


寒い朝


鍋をわかすガスコンロの火


肌は切なくあわ立ちます。



 +   +   +



ずっと昔、K市は冬と結婚した。


以来、冬は強すぎる寒さで


K市を責めさいなむことはなかったし、


K市は山々の腕で六か月の間、


冬を抱きしめ、その後は、


やさしく海に帰してあげていたのだ。


ところで、この婚約を妬んでいたのは


他ならぬ海風であった。


なぜなら、K市を育んでいた母こそ、


この海風であったが、長ずるに及んで


他の者と睦み合われるのは面白くなかった。


だから、海風は、冬がいない間は


K市をやわらかな手で撫でるのだが、


冬がやって来ると


鬼女のようにふたりを打つのだった。





  +   +    +



アスターが枯れると、K市は装い、


出迎えのしたくをする。


通り道のイチョウを染め、


山々の紅葉を燃え上がらせる。


虫たちに仕事の終了を急かし、


雲にもっと高くのぼるように求める。


雨の音はできるだけ小さくし、


朝には露を、夜には静を、作らせる。


太陽は力を弱め、月は最も輝き、


K市の仕事を見守っている。


獣たちに家を与えて休ませ、


空にはカラスだけを残す。


人間がみな、暦をめくり出すと、


風を遠くまで遣いに出して


準備ができたことを報せる。


冬はゆっくりやってくる、


大きな気団の馬車にのって。



   +   +   +





彩なす雲のあいだをさぐり


私の眼はひたすら求める。


心のひだには泥水がしたたっているが、


お天道様は墓より起きだしてくるのだ。


ねずみは家の片隅に住みつき、


暗闇とともに動き、糧を盗み、


「おまえも仲間ではないか」とあざわらい


不義の快楽をさしだしてくる。




あぁ、どこかで、あの方を見なかったですか?


あの方と会わなかったですか?


誰も見た人はいなかった、私も見なかった、


だから、見たこともないまま信じよう。




畑にはびこる雑草は、雨の後、


いよいよ図々しく生えだしてくるので、


これを引き抜くのは一仕事だ。


毎日欠かさねばたちまち畑は荒れる。




泉は開かれた、求めるならば、来れるのだ。


しかし、来る者は少なかった。


みんなが好きなのは、肌に合った濁水だった。


だけれど、この泉はずっと開かれていた。


今も、開かれている。




雲の間に見えるものは青い空や星。


その何もない空間に手を合わせる。


声はきっと届いているから。




   +   +   +



北国の人たちは


寒さを憎んだりしない。


それは、長年連れそった妻のようなもので


居てあたりまえなのだ。



強い寒さのときはじっと耐え


激しい吹雪の夜がやがて明ければ


怒り疲れて眠った妻をそっと抱き上げるように


雪かきを始める。




   +   +    +




空にふたつの光が現れた。


―――太陽と月である。




太陽は、月と星々に語った。


「私たちを造ったのはひとつの神である。


常に感謝と、賛美の歌をささげよう」


そこで、彼らは、目を覚ますたびに


神に祈りと歌をささげることが常であった。




時に、悪魔は月に近づいた。




「おぉ、麗しい方、優美な方。


あなたを拝ませてください」


月は答えた、「いけません、


私を造られたのは生ける神です。


私ではなく、神を拝んでください」


「あなたのお顔はとてもきれいで、


あなたのお声は耳に心地よい」


「すべては神のお計りです。


もし私が美しいというのならば


神がなおも崇められますように」


「そのような事を申してはなりません。


大空の女王よ。あれを見てください。


地上にも、あなたを拝む者がいる。


あの男の天を衝く情熱、


あなたへのあふれる恋情がわかりませんか」




月が地をのぞくと、ひとりの男が、


涙を流して彼女を拝んでいた。




月は、胸に妖しいときめきを感じ、


地上に降りると男の前に立った。


男は感激して、自分の息子を殴り殺すと、


青銅の釜を用いて、子どもを焼いた。


月はその煙のなかで恍惚として、


踊りを舞い、その肉を喰らった。




月は男に言った、「おまえは、私にすべて捧げるのね。


それなら、私をほめる者をもっと集めなさい」


男は数十人もの人を集めると


各々、幼い子どもを殺し、月に献上させた。




月はすその長い衣をひるがえし、


体中を飾りつけて、高笑いした。



「私は美しいのだわ。私は最も美しいのだわ」



すると、流れ星のように二体の天使が降りてきて


一体は大きな剣で人殺しどもを滅ぼし、


もう一体は縄で月を縛ると、空に帰した。


そして、月は衣をはぎ取られ、顔を殴られた。



それ以来、月は、太陽から光を借りるようになり、


でこぼこの顔になった。




  +   +   +




回れ  回れ  風ぐるま


風と遊べよ  風ぐるま




回れ  回れ  風ぐるま


風と走れよ  風ぐるま



   +   +    +




寒さと会えるかと


戸を開けたその向こうは


落ち葉の寝床のようなあたたかさ。


山際よりさしこむ日の光は


まわりをゆるゆると渦巻く寒さの子らに手を置いて


しずめ、なだめ


どこかに出かけた冬がもどってくる時のために


新しい香料をふりまいていた。


 



   +    +    +




K川のみなもとには剣が突き立っている。


川は、大地を切り裂き、


山を、家々を、人を、切り裂く。


川は、時代を切り裂き、


いつ果てるともなく時を刻む。


K川のほとりに私は住んでいる。


剣が切る間に、私は明滅するのだ。




   +   +   +





人類が初めて寒さと出会った時、


その恐ろしい気性のために驚愕した。


どうやって、共に暮らしていけたものか。




寒さは、貧しさを運んでくる。


病いを縫い上げて着せてくる。


死を摘んできて食べさせてくる。



彼女と生きるのは狂気の沙汰ではないか。



人々が途方に暮れているのを見て、


神は、火の使い方を地上に伝えた。



こうして、人は火のかたわらでは


寒さと家族のように和らぐことができた。






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