花-秋
野に咲くゆりに目をとめて
おのれの人生と比べる者がいるか?
同じゆりは野を覆い、毎日かたわらを通り過ぎるけれども、
美しい乙女を見たときほどに
細部まで観察することがあるか?
永遠には聖者が住み
賢者らは真言を轟かせるが
街角にあそぶ子供らよりも小さく
棺に横たわる死人にまさりて沈黙し、
風にゆれる野のゆりを観ないのか?
誰も目にとめず、噂をしないが、ゆりは美しくおのれを咲かす。
誰も彼女を愛でる者はいないが
ゆりはプリマドンナにまさりて輝く。
彼女は歩けず、恋歌も知らないが
ゆりはいかなる時も微笑を忘れない。
人間を喜ばすためにゆりは
一言も喋らず、一回も笑わない。
人間の思いがどうであろうと、
ゆりはその場を動かず、咲くばかり。
「いっしょに行こう」と誘われても
ゆりは聞いたふりもしない。
そして、無情にも誘拐者の手に落ちれば
彼女はしずかにおのれの生を閉じる。
「君を愛する」とささやいてみても
ゆりはまったく応ずることなく、
「私を愛して」と懇願しても
相も変わらずどこかを見ている。
おぉ、そこまでしてゆりを縛る者、
ゆりを愛し、ゆりに愛されるもの
それは誰か? それは誰か?
ゆりはいつも咲き始める。
人間のいない野山にも、群衆のうろつく都会にも。
誰もゆりを見もしない。
目にとめ、立ちどまった者は、すぐに歩き去る、
彼女が何も言わないから。
人間に愛されようが、憎まれようが、ゆりには何の関係もない。
おぉ、ゆりよ、ゆりよ
あなたを愛し、あなたが愛する者
それは誰か?
あなたが毎日微笑む者はだれ? あなたが装うのは誰のため?
ゆりよ、その方を教えておくれ、
聞かせておくれ、その方の名を。
私もあなたと共に拝したいのだ、
あなたを愛する者を。
+ + +
あの朝顔は、どうしたことだ、あの衰えようは。
雨にぬれて、うなだれた、花の白さも色あせて。
ほんの二日前には、朝露を背に、堂々と咲いていた。
巻いたつるの曲線は、着飾った女性の衣服のように美しく、
ふわり、ふわり、と大きく開いた花弁は、淑やかであった。
曇天から降り続く長雨が、花を打ち、水で飽かし、
以前の色は見る影もなく、望みを絶たれて、下を向く。
だが、雨はじきにやもう、太陽もすぐに迎えに来よう。
花むこが来る、知らせの音を待つ、乙女は幸せだ。
今はまだ、哀しむがよい、雨に耐えるがよい。
辛い寒さは、恵みと変わる。すぐに来る。その時は、
光の中で、唱歌を力いっぱい、ただ上に、祈りのように…。
+ + +
八月も終わりに来ると
我が家の軒下に
アスターが顔をのぞかせ始める。
+ + +
アスターの花がひらく 紫の髪の毛をふりほどき
その大きな瞳が 空をひたすら あおぎみている
細い 細い 体の中を流れているのは 熱い
あまりに熱い 情念の血潮なのか 冷たい
秋の冷たい風に取り巻かれて 金色の太陽を
そのめぐり照らす光を 慕い求めている。
アスターの花がひらく 薄紅の首巻をまきつけて
その粒ぞろいの姿が 家をたちまち 覆い隠す
小さい 小さい 顔が飽きずに見ているのは 淡い
おそろしく淡い 人間達の生活なのか 柔い
秋の柔い雨に打たれつつ 母慈の大地を
その抱きしめ包む土を 喜び受けている。
アスターの花がひらく 群青のフードに包まれて
その最後の一輪が 私のてもとに 取り残されている
か弱い か弱い 彼女を支えているのは 気高い
かたく気高い 信仰の魂なのか 厳しい
秋の厳しさに立ち向かい 己の葉と茎を
その神の造れる体を 必死に保っている。
+ + +
白い花 道に向く 美しい 一輪の 花
すさんだ庭 花壇 うすぐらい家
葉のなかの 一輪の花 のみ きぜんと 咲く
のぞくと 哀れ 花心の奥 蟻 の 蝕み
目をそむけ また 見て つばを 飲む
私の 心の中にも 咲く花 あり
それもまた 冒されて
蝕まれはすまいか すでに 蝕まれてはいないかと
己を 省みる ひととき
他家の花の 教えを 受ける
+ + +
畑の隅にそっと咲く
彼岸花
畑には、はくさい、にんじん、ねぎ、だいこんが植わっている
まるで恥ずかしがるように咲く
彼岸花
君にその名を担わせたのは
いったい誰なのか
命をつなぐ野菜や、見て楽しい花々のなかに
君を見つける
君は、赤々と燃える炎の形をし
(祭壇の炎の形)
私たちの目にその姿を刻み込む
何を言いたいのか、何を伝えたいのか
その身に彼岸を背負うやせた花よ
君を食べることはできない、飾ることもできない
君を見ると私はいつか行かねばならない出口を思い出す
みんな同じだ
君は野垂れ死にした兵士の亡き骸にも似て
儚く、そして恐ろしい
彼岸花
君はそれでも咲いて
私たちに伝えるのだ
君の名、君の身、その全身をもって
生と同居するあの出口のことを
「忘れるな」と、宣べてやまないのだ
赤々と燃えて
火の子を散らし
(人の命もかくの如きもの)
細き身を伸ばし
秋に燃えて
+ + +
おなじ花壇のふたつの植物
マリーゴールドと蛇苺
ひとつの体をとりあって
ふたつの命が戦っている
+ + +
ある木の下を、何の気もなしに通っている。
実に多く人々が無言のその木の下を通っている。
夕方の食事のことを考えていたり、
明日の仕事のことを考えていたり、
友達と仲よく遊ぶことを考えていたり、
あるいは、夜にどの家に押し入ろうかなどと考えていたり、
いろいろあるだろうが、その木のことだけは考えずに
本当に多くの人たちが、通り過ぎている。
その木は、私たちよりも大きくて、幹は太く
大きな枝をいっぱいに広げて道に陰をつくり
茂った葉また葉は数えることもできず
いったい何歳なのか見当もつかないが
自分なんかよりも年上で、
台風が来てもぐらつかず
地震が来ても持ちこたえ
洪水に襲われてもきっと耐え切る。
見るからに強く、見るからに賢い。
しかし、動くことができず、喋ることもできない。
ただ、それだけの理由で人間たちからは
公然と無視されている、そんな木の
下を通ろうと私もする。
だれからも顧みられないことを誇りとし、
無言を貫くことで人間よりも雄弁で、
鳥類小虫の保護者という市民道徳に務め、
太陽からの光と、大地からの水と養分のみで満足し、
暇な時は風を弓にしてバイオリンを弾く。
いかなる災難、いかなる天災が降りかかろうと
自らの運命を呪うことも、世界の無情をなげくこともせず
ただ一心に、神の定めを受け入れている。
そうして十年、百年、千年を越えて知恵を蓄え、
花を、虫を、鳥を、獣を、人を、守る。
そのような偉大な長老の、腕の下を通るとき、
やはり私は彼の言葉を聞かないのだ。
沈黙のみを、私は聴くのだ。
+ + +
「かぼちゃをもらいにいけ」と言われたので
サンダルをつっかけ行けば
雨に濡れた舗装路は蒸気にかおり
家々にちるバラまた黄色の花も
しっとり潤っている。
青空はひろがり、雲もなく
喜悦は豊かに解放されていく。
神の糧、それは心におちる。
新鮮な明るさに囲まれると
南の国の幻想があらわれる。
かぼちゃの袋を手に提げて
帰りもただの数十歩
山際の朝日は木を灯し
水と光の楽隊が畑にいた。
+ + +
コスモス コスモス コスモス
君はつよいな わかるんだ
私はよわいからね
コスモス コスモス コスモス
君に蜂がとまっても ゆるしてやるんだ
蜂は知らないだけなんだ
コスモス コスモス コスモス
君はつよいから 無言なんだね
ただで上げてしまうんだね
コスモス コスモス コスモス
君と隣り合って 立ってもいいかい?
それだけでいいんだ




