迷路-夏
いおうのにおいが立ちのぼる。
だんだんと、私のあしをひたしていく。
火が、火が、からだ中を走りまわる。
やがて、溶岩がくちの奥に入りきたり、
皮膚のすべてがめくれあがる。
それでもなお、心臓は生き、
はじけとぶように鼓動する。
うめきも、なげきも、わめきも絶え、
ふかい、ふかい、歯がみのみが続く。
ずっと、ずっと、つづく、つづく・・・・・・・。
不意に、手がひっぱられ、
私は水の中から引き出された。
子羊のようなお方がそばにいて、
安全な船の上にのせてくれた。
+ + +
ふかくて、くらい、地の底に
転がり落ちた人がいた。
彼は一日中、壁に向かってもだえた。
やがて、それも無駄と知り、
寝転がって命の尽きる日を
ただひたすらに待っていた。
ある時、思いがけなくも上の方から
何やら声のような音を聞いた。
いぶかりながらも、彼はとにかく、
声に従って動いてみた。
すると、彼の手は闇の中で
一本の下ろし綱を探りあてた。
彼はこんしんの力をふりしぼり、
綱を頼りに穴を登り始めた。
今もまだ、彼は登り続けている。
+ + +
夜。
あつい夜。
しずかな夜。
ここちよい夜。
くらいくらい夜。
うつくしい夜。
ただよう夜。
しずむ夜。
夜。
+ + +
夏のきつい日差しのもとで、緑色にかがやく山々に囲まれて、朝には新鮮な葉の息を吸う。
その生活が、すごくこころよい。
それなのに、この胸の中には煮えたぎる泥がある。
私は倒れてしまいたい。河原の土の上に、あおむけに。
そこから見える青空を思う存分、ながめていたい。雲が、この口に降りてくるまで。
だけれども、あなたがそばにいるので、私はそれができない。
あなたがそばにいてくるお陰で、それができない。
許されない、それ。
ああ、そのためにこそいるのかもしれない、大切なあなた・・・。
+ + +
雨の向こうからひぐらしの声。
宵が近づくむしあつい時。
周囲を満たす数多くの夏の音。
言葉でない言葉を交わす。
+ + +
青に取り囲まれて暮らしている。
今、青はさんさんとかがやき、
山も田も、まばゆく生きづいている。
その中を歩み、座り、呼吸する私は、
たゆたいに身を任せるように、目、耳、口、
また肌から、鮮やかに青を吸い込む。
+ + +
ほどなくして、太陽は来るでしょう。
ほどなくして、月は来るでしょう。
ほどなくして、風は来るでしょう。
ほどなくして、来るでしょう。
だから、じっと待っていなさい。
この砂漠で。
+ + +
あなたも生まれてきたのですね。
では、いっしょにまいりましょう。
あなたも生まれてきたのですね。
では、いっしょにまいりましょう。
私たちのうしろにはたくさんの人がいて、
私たちのさきにもたくさんの人がいますね。
あぁ、あなたも生まれてきたのですね。
では、いっしょにまいりましょう。
ただ、歩いていくだけで良いのですね。
歩くことは私たちのさだめなのですね。
あの空高く輝く光から命は来て、
見上げれば常に光が注ぎます。
あなたも生まれてきたのですね。
では、いっしょにまいりましょう。
たくさんの人が光の下を歩きます。
そして、歩くことしか誰もできないのです。
少し立ちどまって、あの光を拝みましょう。
そしたら、また歩きましょう。
私たちは川の流れのようですね。
流れることしかできない川の水のよう。
恐ろしさを胸いっぱいに満たして
しばらく祈りをいたしましょう。
さぁ、あなたもいっしょにまいりましょう。
+ + +
私のよろこびを聞いてください。
やっと願いが叶いました。
私のよろこびを聞いてください。
やっと人を好きになれました。
私のよろこびを聞いてください。
人のなかに神様を見ました。
木が枝を大きく開いています。
大地が両腕でだきしめてくれます。
私のよろこびを聞いてください。
それは心からあふれてくるのです。
+ + +
いつか、時計が朽ち果てたらさ
海になってみようよ
たくさんの生き物を、抱えてみようよ