蜜月へのアプローチ
舞台は三月中旬。
卒業式を終えた遊部に、新たな刺客が!?
三月の中旬。
卒業式も開け、春休みに入ったころ。
唐突に、事件は始まった。
「みなさん、大変です! 緊急事態です!」
また新たな騒動が、始まろうとしていた。
「なに、辻村さん。あんまり騒ぐと、怒られるよ?」
「これが大声出さずにはいらないんですよ、レンちゃん先輩! 今日、私三者面談なんです!」
「ああ、そういえば春休みからやるって言ってたね。それで? 何が大変なの?」
「颯馬先輩を見たいって、うちの兄が押しかけてきます! 今から!」
また随分急な話だな、と思った。
おおかた彼女が颯馬さんの話でもしたのだろう。
辻村さんに兄弟がいることは知っていたが、まさかこんなことになろうとは。
「今からって、マジで?」
「……急な話だな。なんでそんなことに」
「気になる子いるのかって聞かれたので、結婚を前提にお付き合いをしている人がいると答えました!」
「それで正直に答える君もどうかと思うんだけど……」
「何々~? なんか来るの~? 地震雷家事親父?」
冗談交じりで話に入ってくるのは、三年生であり前部長の永遠さん。
卒業したというのに、「暇」の一言でここに顔を出している。
まあ、俺達も春休みなのに集まってること自体疑問なのだが。
「それがうちの兄が全員そろってここに来るって聞かないんですよ! 萌の彼氏なら、一回でも拝まなきゃって!」
「あんれまぁ、大変なこっちゃだね~颯馬っち~」
「そもそもオレ、彼氏になった覚えがないんですけどね?」
「いいんじゃないの? お客さんが来るくらい。それで、辻村さんのお兄さんって、どんな人なの?」
北城さんがそう辻村さんに聞いた、そんな時だった。
「オレのかわいいかわいい萌はここかあああああああああああ!」
いきなり部室のドアが開く。
俺と同じくらいの背丈の青年は、ハアハアと肩で息をしながらこちらをぎろりとにらみつける。
防寒対策なのかニット帽やマフラーをつけていて……
「すみませーん、変態~じゃなかった関係者以外は立ち入り禁止でぇす~」
気が付いた時には、永遠さんがドアを閉め、鍵までかけていた。
「ちょっと君! 何閉めてるの!? あれどう見ても、辻村さんのお兄さんでしょ!?」
「あれは客とは呼ばん! 得体のしれない未確認生物だ!!!」
「失礼なこといわないの!!!」
「大丈夫です、レンちゃん先輩! うちの兄を見くびってもらっては困ります!」
辻村さんの言うことに、みんな顔をしかめる。
その次の瞬間、
「あ、開きました。やっと会えましたね、萌」
「おおおお! 愛しの萌ぇぇぇぇ! 心配したんだぞぉ~!」
「邪魔させてもらうぜ?」
鍵がかかっていたドアをいともたやすく開け、入って来たのは三人の男性だった。
三人とも、俺達よりはるか年上のように見えて、顔はどことなく辻村さんに似ている。
ということは、だ。
「ひょっとして、このお三方全員萌ちゃんのお兄様方?」
「はい! そうです! すごいでしょう!」
「いや、すごいでしょうじゃないでしょ! なんで鍵かかってたのに入ってこれたの!?」
「すみません、ご迷惑だったでしょうか?」
「え? いや、迷惑ってわけじゃない、けど……や、やりにくい……」
きれきれなつっこみをする北城さんも、さすがに年上を相手にするのは苦手らしい。
事実、俺もだ。
しかも相手はあの辻村さんのお兄さん。
一体どんな人なのか、想像さえできなかったのに……
「お騒がせして申し訳ありません。私、三男の朱鷺と申します。遊部の皆さまですね、いつも萌がお世話になっております」
「あ~どもども~私が部長の中江だ」
「あんた部長じゃないでしょ!」
「これはどうもご丁寧に。少しだけ、お時間いただいてもいいでしょうか?」
辻村さんのお兄さんの一人―朱鷺さんは、丁寧な口調ながらも何か怒っているような感じが見受けられる。
彼が浮かべている笑みはどことなく、響先輩と似ていた。
「お前らが遊部だな!? オレは辻村家の長男、雀だ! 矢神颯馬はどこのどいつだ! もう逃げ場はないぞ!!」
最初にここに入って来た人―雀さんが、一番上だったらしい。
兄弟だというのに、この性格の差は何だろう。
やはり彼らの目的は、辻村さんの好きな人でもある颯馬さんのようだ。
だが当の本人である彼は……
「矢神颯馬って人は、数年前に大きな事故に巻き込まれて、ぽっくり逝っちゃったよ♪」
「縁起でもないこと言わないでよ!」
「ってことは、ここにいるのは颯馬の幽霊!?」
「あんたもそれにのらない!!」
「お兄ちゃん方!! 誰であろうこの方こそ、私の婚約相手・矢神颯馬先輩その人であります!!!」
辻村さんが、派手なポーズ付きでじゃじゃーんと颯馬さんを刺す。
気まずい沈黙が、俺らを襲う。
「……萌黄。あんまいいたくはなかったが、お前バカだろ」
沈黙を破ったのは、今までおとなしくこの場を眺めていた、もう一人のお兄さんだった。
「なぜですか、鳩羽お兄ちゃん! 颯馬先輩ですよ!? かっこいいって思わないんですか!?」
「思うか。聞いたとこ、ここじゃかなりの厄介者じゃねぇか」
「ほえ?」
その人―鳩羽さんは、はあっとため息をつく。
彼は隣にいる朱鷺さんに目配せすると、言いたいことが分かったかのように彼が話し出した。
「萌、恋愛するのもしないのもあなたの自由です。ですが彼は、裏社会で話題になっている情報屋なんじゃないか……そんなうわさがあります。それでもあなたは、彼を好きと言えるのですか? いつか萌に災いが起こるのではないか……私たちは、それが心配なだけなんです」
朱鷺さんの言うことは、正しい。
大人の人は、きっと口をそろえてそう言うだろう。
情報屋。
俺も詳しいことは、よくわからない。
ただ颯馬さんが情報屋だというのは、まぎれもない事実なのは間違いない。
だから何も言い返せなかった。俺もここにいるみんなも。
「だからなんだっていうんですか? 私、情報屋でもぜ~~んぜんきになんないですよ?」
ただ、辻村さん一人をのぞいては。
「あ、あのねぇ辻村さん。君が気にしなくても、お兄さんは心配なんだよ? 君、裏社会とかよくわかってないでしょ」
「分かりません。でも、それが何だっていうんですか?」
「その情報で恨みを買ってしまう人だっているってことだよ、萌ちゃん。永遠さんのことだって、颯馬さんが情報屋だったからってのもあるし」
「例えそうだとしても、颯馬先輩は悪い人ではありません! 皆さんだって、そう思っているんでしょう!?」
辻村さんはそういうと、つかつか歩き出す。
彼女は三人のお兄さんに向かって、まっすぐに面と向かって話し出した。
「確かに私は、颯馬先輩のことを知りません。だからこそ、知りたいんです。先輩の喜びや苦しみ。抱えてしまった重いものを、私も一緒に背負いたい! 颯馬先輩のあの笑顔は、偽りなんかじゃありません! 颯馬先輩を悪く言う人は、たとえお兄ちゃん達でも容赦しません!!」
なんて堂々とした人だ、と思った。
遊部に入って来た時もそう、彼女はいつでもまっすぐで颯馬さんを好きでいる。
それが、辻村さんのいいとこ。なのかもしれないな。
「はぁい、妹ちゃんの言い分が聞けたとこでご家族は帰ってくれないかな~? せっかくの遊部が遊部じゃなくなるでしょ~?」
「帰るわけにはいかないだろ! 危険だと分かっていて、萌を一人置いてなんて……!」
「あのさぁ、君はさっき何を聞いてたわけ? 辻村さんがあんなに言ったのに、分かってないのは君の方
でしょ。それ以上言うとほんとに出てってもらうよ?」
辻村さんの思いを聞いて、北城さんをはじめとした遊部の面々が彼らを見つめる。
颯馬さんだけは下を向いていたが……。
「はあ……かえろーぜ。雀、朱鷺」
「うえっ!? ちょっと鳩ちゃん!?」
「萌、気を付けて帰って来るんですよ?」
「とっ、朱鷺まで!!? ああもう! 萌! お兄ちゃんは、彼氏なんか認めねぇからな!!!」
逃げるように立ち去っていく三人の姿を見ながら、俺ははあっとため息をつく。
なんだか、嵐のような三人だったな。
さすが辻村さんのお兄さん、というべきなのだろうか。
「皆様、お騒がせしてほんっとにすみませんでした!!!」
「萌ちゃんのお兄さんって、なんか萌ちゃんとそっくりだよね」
「それよく言われます! それって褒め言葉なんですか?」
「ま、いいんじゃない? 丸く収まったんだし」
「しっかしまああんたは強いねぇ。あそこまで言い切るとは」
永遠さんが感心しているような、呆れているような声を出す。
みんな彼女の決意っぷりに、賞賛が絶えない。
「辻村さん」
ただ一人、颯馬さんをのぞいて。
「はい! お呼びでしょうか、颯馬先輩!!」
「この際だからはっきり言っておくけど、お兄さんの言うことは本当だよ。オレは情報屋だし、危ない取引だってやってる。それでも君は、同じことがいえる?」
いつにもまして消極的だ、と思った。
颯馬さんの顔は自信なさげで、不安に駆られていて。
眼鏡がなかった時の彼と、まったく同じで……
これが颯馬さんの本当の姿、なのだろうか。
「いえます! どんな颯馬先輩でも、私辻村萌黄は受け入れます! 颯馬先輩が、大好きなので!」
いつもと変わらないまっすぐな瞳と、その信念。
彼女の思いは、何一つ変わらないように見受けられた。
皆がその場を見守っていた、そんな時だった。
突如颯馬さんが、彼女を抱き寄せたのは。
「!?!?!?!? そ、そそそそそ颯馬先輩!?」
「ひゅ~~~~~颯馬やるぅぅぅ~」
「ちょ、何してんの颯馬! あとそこは写真撮らない!」
「……なんか、信じられなくて。オレを受け入れてくれた人、今までいなかったから」
颯馬さんはそういうと、ゆっくりと辻村さんを離す。
誰もがみな、その次の展開を期待した。
が。
「でもオレ、付き合うまでは考えてないかな♪」
とさらりといってのけた。
「why!? 何故ですか、颯馬先輩! 今の完全に付き合う流れでしたよね!? 全国の読者の皆様も絶対期待しましたよ! なのになぜ!!?」
「十分伝わったよ、君の思いは。でもオレもお兄さんと同じように、君まで危険な目には合わせたくないんだ」
「それはそうかもしれませんけど……」
「じゃあ待ってるから。君が大人になるまで」
そういうと、颯馬さんはじゃあねと言って立ち去ってしまった。
彼がいなくなると、さっきまでのにぎやかが嘘だったかのように静かになった。
「結局のとこ、颯馬が辻村さんをどう思ってるのか疑問なままなんだけど」
「まあいんじゃね? それが颯馬でそ」
「もし颯馬さんに振られたら、オレのとこにいつでもおいでよ? 萌ちゃん☆」
「……お前はいい加減にしろ」
「心配いりません! 私辻村萌黄はあきらめません! 颯馬さんがあっと驚くような、大人になって見せます!!!」
彼女―辻村さんが颯馬さんとどうなったのか……それがわかるのは、まだまだ先のようだ。
fin
萌ちゃんのお兄さんたちは、色をモチーフにしながら
鳥の名前になるようになってます。
職業的には雀は美容師、鳩羽は自衛隊、朱鷺は鍵屋という設定です。一応。
この二人がどうなるの? という意見が多い中、
私はあえて答えを出さないでおきます。
皆様のご想像に…のほうが、面白いでしょう?
別に私が颯馬さんをくっつけたくないからというわけではなく・・・
次回は、新生徒会の三人のおはなしです。




