リッソルト村 後編 改稿版
夜の歓迎会。
星が広がる夜空の下でその歓迎会は開かれた。
村長の軽い挨拶によって始まったその宴は典型的な酒に酔いしれた村人たちのドンチャン騒ぎとなっていた。
優騎は祭りに騒々しい行事とは無縁な生活を送ってた上にもともとリア充の遊びだという固定観念から毛嫌いをしていた。
よって、今の状況になれず眉間にシワをよせながらなんの酒かわからない木のコップに入った紫色の液体をぐびぐびと飲んだ。
濃厚なまろやかさが舌につたわり、飲みやすい酒だった。
「おい、新米の傭兵さんたのしんでっかぁ!」
暑苦しいオヤジ達に絡まれながら優騎も適当に相槌を打って相手をする。
こういうことに慣れているのだろうか、エゲムはノリノリで晩酌を交わし合う光景が見えた。
同じくしてそれなりの妙齢な女性たちとサクヤもにこやかに晩酌を交わしあい聖騎士という本業を忘れるように楽しんでいる姿が見える。
「騒がしくって申し訳ナイネ」
そばにひとりの女の子が歩み寄ってくる。
綺麗な顔立ちをした褐色の美少女。
例の村長の孫娘を名乗ったイーシアと名乗って美少女だったことを思い出す。
彼女の綺麗な瞳を横目に見つめながら一瞬目が合うとすぐに目線をそらす。
にこりと微笑んだ彼女は言う。
「みんなお客さんなんて久しぶりで楽しくって仕方ナインネ。勘弁して欲しいアルネ」
「別に気にしちゃいねえよ。ただ、慣れてないんだよ」
嘘はいってはいなかったが実際少々うるさいのは感じていた。
しかし、そういうのは場の空気を壊すことを熟知してるので言葉には出すことはしない優騎。
「お、なんだー、新米の傭兵のくせに早速村長の孫娘に手ェだしたかぁ? かか、こりゃぁ聖騎士のねぇちゃんもうかうかしてらんねぇなぁ」
「おい、おっさんろくでもねえこと抜かすなよ」
おっさんのからかうような口ぶりに優騎は泡を食って反感をした。
その言葉が聞こえたのか知らぬが一瞬だけサクヤがこちらを振り返った気がしたが素知らぬ顔で会話に戻る姿を見て少々安堵した。
なんで、安堵したのだろうかと優騎は自問自答で不思議に首をひねる。
そんな優騎に更に陽気になったおっさんは絡み合うようにその肩に手を回し酒臭い息を充満させながら言葉を垂らす。
「ロクでもねえことはねえよ。心を痛めてる彼女を慰めてると思ったんじゃねえかよ。男らしいと思っただけよ」
「心を痛めてる?」
「あん、まだ聞いてねえのか? 村長の孫娘の一人はバルハ遺跡に行って帰ってこねぇんだぜ。その依頼を引き受けたからそうやって仲睦まじく――」
「トウゾウ!」
宴の場が一瞬で村長の一喝の声で静まり返った。
夜に老け込む静かな風の値と虫の音色が耳を叩き静けさが漂ってることを実感させる。
「わりぃ、よいがまわってつい――あたまひやしてきやす」
そう言って優騎に絡んでいた男はひっそり遠くの茂みへ向かって消え去った。
優騎は気になり村長とイーシアに目線をも送った。
険しい顔から一変して沈んだ面持ちへと変わる村長。
そして、にこやかな笑みを浮かべてたはずの村人の表情もいっつしか覚めきったように沈み始める。
イーシアも先ほどおっさんが語り始めてから一言も話さず、顔を曇らせたまま黙り込んでいた。
さすがの優騎も異変に気づいて「なにがあったんだ?」と尋ねずにはいられなかった。
「すまぬな、新米の傭兵さん。あんたをここに住まわせてやったのにもこちらも少々事情があったからじゃ。本来はそう安易には傭兵なんぞ泊らせんわい。いくら、エゲムの知り合いだろうとな」
村長の言葉を聞いて優騎は自嘲気味に微笑んだ。
なぜなら、何となく彼らが傭兵である優騎を嫌ってるかのような予感を感じていた。
彼らは歓迎をしてる様子は見られても心の奥底から一定の距離感めいたものを感じられた。
それは日頃から対人的恐怖や疑心暗鬼にいる優騎だからなんとなく感じていた。
だが、あくまでそれはひとつの要因だった。
もう一つ確信に値する要因があった。
漫画やアニメの典型例だ。
漫画やアニメなどたいてい傭兵という役職人は好意的印象がない者共だ。
金で雇われればどんなことでもするような人たち。
特にルールにおもんじる部族なんかは平気で金でなんでもやってしまうような傭兵を嫌ってるのは漫画やアニメなど時折見られる構成である。
この世界のこのリッソルト村も傭兵という存在を毛嫌いしていた。
やすやすと泊まらせることはないというのはつまりそういうことを意味してる。
笑わずにはいられなかった。
何かあるそれは今になってやっと理解し確信につく。
「何を頼みたい?」
ゲームや漫画の知識が生かされてこの展開が読めた。
「話が早くて助かるわい」
村長は村人たちに宴会の場の片付けを任せ、優騎を部屋へ案内をした。
――――村長の部屋に優騎、サクヤ、エゲム、イーシア、村長のムゲンが集まって話し合いの場は設けられた。
「話は数日前に遡る。この村は毎度バルハ遺跡内にある湖でリッソルト村の選ばれた巫女は禊をしに行くんじゃ。その禊をしなければリッソルト村は存命はできん。災害に見舞われ厄災が降り注ぐだろうと昔からこの村に伝承されとってのぉ」
ありきたりなゲームとかでも聞く話だ。
禊、遺跡。この二つからくる言葉は絶対に村や民族厄災が関わる。
なんでだろうな。
「なんで、バルハ遺跡なんだ? 禊ならその辺の湖でもいいんじゃないか?」
「ユウキ殿は何も知らぬのだな、本当に困った人だ」
サクヤが大仰に額に手を置いてあきれ気味な溜息を一つつくと村長は優しく語った。
「それではだめなんじゃよ。バルハ遺跡にはリッソルト村に幸福をもたらす力の依代となる成分が満ちておるのじゃ。その成分を分け与えてもらうためにバルハ遺跡内の湖での禊が必要なのじゃ」
「なるほど。で、その選ばれた巫女ってのはおおよそさっきの話で推測たってるけど」
それについて答えたのは――
「私の妹ね」
イーシアだった。
優騎はなんとなく、村長、ムゲンのもうひとりの孫娘という言葉で思い切り確証を持っていた。
「妹ね。まいど、選ばれる巫女ってのは村長が決めるのか?」
「それはちがうのじゃ。リッソルト村の村長は代々禊の代行者がなるのじゃ。性別問わずじゃ」
「性別問わず? でも、巫女って‥‥」
「巫女だからと言って別におかしな点でもなかろう」
サクヤが一蹴し優騎の疑問をあしらった。
村長もおかしな発言をしたかとでもいうようにこちらを疑問視した。
あれと優騎は首をかしげた。
巫女とはその名通り、西洋で言うところの女の神官みたいな、聖女みたいな感じのことだと思っていた。
なので、性別問わずはおかしく必ず女性が該当するのだと思うのだがこの世界ではその感性がどうやら違うらしいと思い至る。
(おもしれえ)
面白みに浸ってる要因の暇はなく話を進めるようにした。
「わるい、話を続けてもらえるか? その妹は遺跡に行ったきり戻らなくなったのか?」
「そうじゃ。しかも、ここ最近急激にバルハ遺跡内にいるモンスタ-が活発化し始めたのじゃ」
バルハ遺跡の事情の話が入りこむとサクヤが「うむ、大国でもその話は情報としては言っているな」と話を割り込ませた。
別段周りも不快な面持ちをせずその話を聞いてただ、納得の様相をする。
「でも、話を聞いてると普段はおとなしい言い方だな」
「そのとおりなのさね」
隣からエゲムはこう説明をした。
「バルハ遺跡は通常、安全遺跡とも言われてる場所さね。だからこそ、誰でも立ち入れてあの場所に多くの鍛冶師やわしみたいな商業主は宝をあさりに行くさね。けど、本の数日ほど前さね、突然と遺跡の中にいる普段は温厚な種族のモンスターたちが激変したさ」
「そうじゃ。ちょうど、変貌した前夜に遺跡にいってたんじゃ。次の日に遺跡のモンスターが変貌してることを知ったのじゃ。ちょうど、とある冒険者が遺跡内で死んだということを耳に挟んでのォ」
「冒険者?」
「隣町からやってきたという噂の冒険者じゃ」
それに補足説明をするようにサクヤがつづけた。
「冒険者はユウキ殿のようにたぶん宝剣を目当てに侵入したのだろうと思われてるぞ。大国ではな」
補足説明からバルハ遺跡にはやはり『アイスグラシエル』のある信憑性は増してくるが一方で危険地帯であることも変わらない。
「そこで、頼みたいのは孫娘をどうか、連れて帰ってきてはくれぬか? バルハ遺跡に行くのじゃろ? 馬の手配はできる。どうじゃ?」
一宿一飯の恩義はあった。
断る気はなかったがそれではまだ足りない気がするこちらは命を懸けるわけで本来の目的プラスこの任務はちときつい気がする。
しかも、まだ傭兵なり立てにここまでして頼むとは相当切羽詰まってると言えた。
「わぁーったよ。だが、ひとつ条件がある」
「なんじゃ? カネカ、女か? 女ならイーシアを――」
優騎はムゲンを張り倒した。
「女を道具みたいに言うんじゃねえ。孫娘を大事にしろ」
優騎は言葉の端をおるような動作をしたがすぐ気を取り直して言葉を続けさせた。
「女じゃねえ、金だ。けど、ほんの少しでいい」
この世界で金のことはエゲムから聞いていた。
この世界での通貨は円でもドルでもない。
金貨、銀貨、銅。
この組み合わせだった。
とくにこの金貨には大小というサイズが存在し、これを優騎的推察で考えた結果、円に表すとどうやら、金貨の大が万、小が千円札表記という基準となるようだった。
銀貨の通貨換算も考えれば銀貨の大は500円中は100円、小が50円だと理解した。ちなみに銅は1円、5円、10円という形で捉えるような通貨のような世界だった。
「いくらじゃ?」
「一宿一飯の分を換算して大銀貨5枚でいい」
「なんじゃと?」
この要求に目を丸くするその場にいたものたち。
「おいおい、もっともらうべきじゃないのかユウキ殿」
先にこの条件に口出ししたのは仲間のサクヤだった。
サクヤはこの世界の人間であり優騎を連れ戻しに来た人物であるがために彼のこの程度の報酬での活動での外出は奇想天外な状況だろう。
「じょうだんじゃろ? 傭兵ならもう少しせがむものかと思ったぞい」
村長も口をあんぐりとあけてその申し立てに驚いている。
「悪いな。俺はなりたてなもんで。しかもこの世界の金銭感覚はイマイチ理解できていない。そうおもい、運が良かったとでも思ってけばいいさムゲンさん」
金銭感覚は半分ほどしか理解できてはない。
この世界でどの金額がでかいのか大きいのかは理解したまでもどのくらい持っていれば自由に遊んで暮らせる金になるのかとか食に困らないのはどの金額の手持ちがあればなのかとかもまた確かな要因だ。
サクヤに聞けば一発だったがそんなの利くのは少々気が引けるのもある。
「お主‥‥」
「あすの朝、その遺跡に向かうとするよ」
優騎はその一言で高揚感に体が支配されてるのだった。




