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新しい命とともに

妊娠


「エリーゼ、朝ですよ」



 クロードの優しい声が聞こえる。でも今日はなんだか体が重くて起き上がれない。



「うーん……」



「具合でも悪いですか?」



 彼の手がそっと私の額に触れる。ひんやりしていて気持ちいい。



「なんか、だるいの……」



「熱はないようですが。無理に起きなくていいですよ。朝食はここに運びましょうか?」



「ううん、起きる……でも、気持ち悪いかも……」



 そう言った途端、胃のあたりからこみ上げてくるような感覚があって、私は口を押さえた。



「エリーゼ?」



「……なんか、ムカムカする」



 クロードの表情が一瞬で真剣なものに変わる。彼は私の背を優しくさすりながら、静かに言った。



「もしかして……体調が優れない日が続いていますか?」



「最近、朝起きるのがつらい日が多くて……食欲もあんまりなかったの」



「そうでしたか。気づけなくてすみません」



「クロードのせいじゃないよ。私も言わなかったから」



 彼は何か考え込むようにして、それから私を抱き上げた。



「とにかく、横になっていてください。今日は何もしなくていいですから」



「ありがとう……」



 寝室のベッドに運ばれて、そっと横たわる。クロードは水差しからコップに水を注いで枕元に置いてくれた。



「何か食べられそうですか?」



「今はまだ……」



「では、少し落ち着いてからにしましょう。何かあればすぐに呼んでください」



「うん」



 彼は私の手を握り、心配そうに見つめている。その眼差しがあまりに真剣で胸がきゅっとなる。



「大丈夫だよ、クロード。少し休めば良くなるから」



「ええ。ですが、もし明日も続くようなら医者に診てもらいましょう」



「うん……」



 目を閉じるといつの間にか眠っていた。目が覚めると、部屋の中はオレンジ色の光で満ちている。どうやら夕方まで寝てしまったようだ。



「クロード……?」



「ここにいますよ」



 声のした方を見ると、彼が椅子に座って本を読んでいた。どうやらずっと傍にいてくれたらしい。



「ずっといてくれたの?」



「もちろんです。あなたの傍を離れるわけがありません」



「ありがとう。だいぶ楽になったよ」



「それはよかった。ですが、無理はしないでください」



「うん」



 体を起こすと、クロードが背中にクッションを当ててくれた。



「お腹は空きましたか?」



「少しだけ……何か軽いものなら食べられるかも」



「では、スープを作ってきますね」  



 彼が部屋を出ていった後、私は自分の体に手を当てた。そういえば最近朝がつらい日が多かった。食欲もないし、眠気もひどい。



 もしかして。

 胸の中にふと浮かんだ考えに、心臓が大きく跳ねる。まだ確信はない。でももしかしたら。



「お待たせしました」



 クロードが戻ってきてトレーの上に温かいスープを置いてくれた。湯気が立ちのぼり、優しい香りが部屋に広がる。



「おいしい……」



「よかった。少しずつでいいですからね」



「うん」



 スープを口に運びながら、私はちらりとクロードを見る。彼は私が食べる様子を嬉しそうに見守っている。



「ねえクロード」



「はい」



「あのね……もしかしたら、なんだけど」



「何でしょう」



「赤ちゃんが……できたかもしれない」



 彼の動きがぴたりと止まった。深い色の瞳が大きく見開かれる。



「エリーゼ……それは本当ですか?」



「まだわからない。でも、最近の体調がなんだかそういう時の症状に似てる気がして……」



「そうだったのですか……」



 彼はしばらく無言で私を見つめていたが、次の瞬間には私を強く抱きしめていた。



「クロード?」



「嬉しいです。嬉しすぎて、何と言っていいか」



 彼の声が震えている。私の肩に顔を埋めて、何度も「ありがとう」と繰り返している。



「まだ、わからないんだよ?」



「ええ。でも、その可能性があるだけでこんなにも胸が熱くなるなんて」



「クロード……」



「明日、必ず医者に診てもらいましょう。私も一緒に行きます」



「うん」



 彼の温かい腕に包まれながら私の胸にもじんわりと喜びが広がっていく。もし本当に赤ちゃんがいたら、クロードはどんな父親になるのだろう。きっと優しくて、少し心配性ででも誰よりも愛情深いお父さんになる。



「エリーゼ、無理は絶対にしないでくださいね。何かあったらすぐに私を呼ぶんですよ」



「うん、わかってる」



「重いものは持たない。走らない。階段は手すりを持つ」



「もう、心配しすぎだよ」



「当然です。あなたと、そしてもし授かっているのならその子を守るのは私の使命ですから」



 彼の真剣な顔に、自然と笑みがこぼれる。



「クロードがお父さんになったら、きっと過保護になるんだろうな」



「過保護ではありません。必要な範囲の愛情です」



「ふふ、それ絶対過保護だよ」



「エリーゼ」



 彼が少し困ったように眉を下げる。その表情も愛おしくて、私は彼の頬にそっと手を伸ばした。

「大丈夫。私もちゃんと気をつけるから」



「約束してください」



「うん、約束する」



 彼は安心したように微笑むと、私の額に口づけた。



 翌朝、クロードと一緒に村の診療所を訪れた。優しそうな老医師が診察をしてくれて、一通り話を聞いた後穏やかな笑顔で言った。



「おめでとうございます。お二人の間にお子さんが授かったようです」



 その言葉を聞いた瞬間クロードが私の手をぎゅっと握った。彼の目が潤んでいるのが見えて、私の目にも涙が浮かぶ。



「本当ですか……」



「ええ。まだ初期ですから、無理はなさらないように。特に最初の三ヶ月は安静が大切です」



「ありがとうございます」



 診療所を出ると、外はよく晴れていた。クロードは私の手を取るとその場で跪き私の手の甲に口づけた。



「エリーゼ、本当にありがとう。あなたとそしてこの子のために、私は生涯をかけて尽くします」



「クロード……こちらこそ、ありがとう。クロードとの子どもを授かることができて私すごく幸せ」



 立ち上がった彼が私を抱きしめる。道行く人が少し驚いたようにこちらを見ていたけれど、そんなことは気にならなかった。



「家に帰ったら、今日はゆっくり休んでください。私が全部やりますから」



「うん。でも、クロードも無理しないでね」



「私は大丈夫です。あなたのためならいくらでも動けます」



「もう……」



 家に帰ると、クロードは早速私をソファに座らせて、膝掛けをかけてくれた。



「何か飲みますか?温かいハーブティーを淹れましょう」



「ありがとう」



 彼が淹れてくれたカモミールティーを飲みながら、私はまだ平坦なお腹をそっと撫でた。



「ここに、赤ちゃんがいるんだね」



「ええ。不思議ですね。まだ実感が湧きませんが、確かにそこに命がある」



 クロードも隣に座り、私のお腹の上にそっと手を重ねる。その手は大きくて温かくてそれだけで涙が出そうになる。



「ありがとう、エリーゼ」



「どうしたの急に」



「あなたに出会えて、愛し合って、そして家族ができる。こんな幸せがあっていいのかと時々怖くなるくらいです」



「私も同じだよ。クロードと出会えて本当に良かった」



見つめ合い、静かに唇を重ねる。今までとは違う深くて優しい口づけだった。



「これから、もっと幸せになろうね」



「ええ。三人で、いえ、もしかしたらもっと増えるかもしれませんが」



「ふふ、クロードは何人欲しいの?」



「あなたが望むなら、何人でも」



「私も、クロードと一緒なら何人でも嬉しい」



「では、まずはこの子を大切に育てましょう」



「うん」



クロードの手が、再び私のお腹を優しく包む。そこから伝わる温もりが未来への希望に変わっていく。



「ねえ、赤ちゃんの名前考えようよ」



「もうですか?」



「うん。考えてるだけで楽しいから」



「そうですね。では、男の子と女の子両方考えておきましょう」



 それから二人でたくさんの名前を挙げては笑い合った。クロードが提案する名前はどれも素敵で、その度に想像が膨らむ。



「ああ、でも楽しみすぎて眠れなくなりそうです」



「私も。でも、ちゃんと休まないとね。赤ちゃんのためにも」



「その通りですね。では、今夜は早めに休みましょう」



「うん」



 夜、ベッドの中でクロードに抱きしめられながら、私は目を閉じた。彼の心音がいつもより少し速い気がしてそれが愛おしい。



「クロード」



「はい」



「お父さんになるんだね」



「ええ。あなたがお母さんです」



「なんだか、夢みたい」



「私もです。ですが、これは現実です。あなたと私の愛が新しい命を育んだ」



「クロード……」



「愛しています、エリーゼ。あなたとお腹の子と、これからもずっと」



「私も愛してる。ずっとずっと」



 彼の腕の中で、私は静かに眠りに落ちていった。明日からまた新しい毎日が始まる。大好きな人と、新しい命と共に。


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