幸せな時間
「おはようございます」
最愛の人の声が聞こえて、心地よい眠りの中にいた私の意識が少しずつ覚醒していく。
「んー」
「起きてくださいエリーゼ」
「もう少しだけ…」
それでもやっぱりまだ眠いし、もう少しこのままでいたい。
「困りましたね。もう朝食の準備ができているのですが…」
「朝食…食べたい……」
「やっと起きましたね。おはようございますエリーゼ」
「おはようクロード。今日の朝食はなに?」
「今日は、焼きたてのパンと温かいスープです。それから庭で採れたハーブを添えた卵料理も」
「わあ……」
想像しただけでお腹が鳴りそうになる。クロードの作る料理はどれも美味しくて、毎日の楽しみのひとつだ。
「早く行きましょう」
「はい。でもその前に、着替えを手伝わせてください」
そう言ってクロードは、いつものように手際よく私の寝間着を脱がせていく。元々彼は私の専属執事だったからこういうことは慣れている。でも、夫婦になった今でも少しだけ気恥ずかしい。
「……自分でできるのに」
「私がしたいんです。あなたに触れていたいから」
そんな言葉を耳元で囁かれて顔が沸騰したように熱くなる。朝からこんなことを言うなんて、彼はずるいと思う。
「……もう」
「ふふ、可愛いですね」
クロードは優しく笑いながら、今日の服を私に着せてくれる。淡い水色のワンピース。彼が選んでくれたものだ。
「よく似合っています。今日も美しい」
「ありがとう」
クロードはいつも私のことを褒めてくれるのでその度に私は恥ずかしさを感じつつも、ついつい舞い上がってしまう。
「では、行きましょうか」
彼から差し出された手を取る。クロードの手は大きくて温かい。この手に触れるたび、私はいつも安心する。
リビングへ向かう廊下。窓から差し込む朝日が、私たちを優しく包み込む。
「今日はいい天気ですね」
「ええ。庭の花も綺麗に咲いていますよ。朝食の後、散歩でもしましょうか」
「うん、したい」
「では決まりですね」
他愛のない会話。それでもクロードと一緒なら何でも楽しい。
かつては貴族として、窮屈な生活を送っていた私。でも今は彼と共に穏やかな時間を過ごしている。そのことがとても嬉しい。
リビングに着くと、テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいた。
「わあ、美味しそう!」
「お口に合うといいのですが」
「クロードの料理は全部美味しいから大丈夫」
「それは光栄です」
向かい合って座り朝食を始める。焼きたてのパンは外はカリッと、中はふんわり。スープは野菜の甘みが溶け出していて体の芯から温まる。
「おいしい……」
「よかった。たくさん食べてくださいね」
「うん。……クロードも食べてる?」
「ええ、いただいていますよ。あなたが美味しそうに食べる姿を見ると私まで幸せな気持ちになります」
「それ、私も同じ。クロードと一緒に食べるご飯は特別に美味しいの」
「エリーゼ……」
彼が柔らかな微笑みを浮かべる。その表情が好きだ。昔はあまり笑わなかった人。でも今は、私の前でよく笑ってくれる。
朝食を終え、食後のお茶を飲みながら窓の外を眺める。庭の花々が朝露に濡れて、きらきらと輝いている。
「綺麗……」
「ええ。でも、あなたの方がもっと綺麗ですよ」
「……またそういうこと言う」
「事実ですから」
クロードは平然と言ってのける。こういうところ、昔から変わらない。いや結婚してからますます甘くなった気がする。
「散歩、行きましょうか」
「うん」
立ち上がり、手を繋いで庭へ出る。外の空気は澄んでいて花の香りが漂ってくる。色とりどりの花が咲き乱れる庭は、クロードが手入れをしてくれている。
「この薔薇、綺麗に咲いたね」
「ええ。あなたに似合うと思って、特に大切に育てているんです」
「私に?」
「はい。エリーゼのような、可憐で美しい花です」
「……もう、恥ずかしいからやめて」
「本当のことですよ」
クロードがくすりと笑う。私は彼の腕にしがみついて、顔を隠す。
「エリーゼ、顔を上げてください。あなたの顔が見たい」
「やだ」
「どうしてですか?」
「だって…今すごく赤くなってるから…」
「それも可愛いので、見せてほしいのですが」
「……クロードの意地悪」
「意地悪ではありません。愛しているからです」
そう言われて、胸がきゅんとなる。顔を上げると彼の深い色の瞳と目が合った。そこには、私だけを見つめる熱い想いが宿っている。
「……私も、クロードのこと愛してる」
「エリーゼ……」
彼の手が私の頬に触れる。そのまま顔が近づいてきて、唇が重なる。朝の光の中で交わす甘い口づけ。
「……大好き」
「私もです。世界中で一番、あなたを愛しています」
抱きしめられて彼の胸に顔を埋める。規則正しい心音が聞こえて、とても落ち着く。
「このまま、ずっと一緒にいようね」
「もちろんです。私は生涯、あなたの傍を離れません」
「約束」
「ええ、約束します」
小指を差し出すと、クロードは微笑んで自分の小指を絡めてくれた。子供っぽいかもしれないけどこういう約束は大事にしたい。
「さあ、もう少し歩きましょうか」
「うん」
手を繋ぎ直してゆっくりと庭を歩く。花の香り、鳥のさえずり柔らかな日差し。すべてが愛おしい。
「クロード、あの花は?」
「あれはカモミールです。ハーブティーにすると美味しいですよ」
「飲んでみたい」
「では、後で摘んで淹れてあげますね」
「わあ、楽しみ」
そんな風に、他愛のない会話をしながら散歩を楽しむ。この穏やかな時間が私の宝物。
「エリーゼ、疲れていませんか?」
「大丈夫。それに、まだクロードと一緒にいたい」
「私もです。では、あちらの東屋で少し休みましょうか」
「うん」
東屋のベンチに並んで座る。木陰は涼しくて、風が心地いい。
「クロード、膝枕して」
「どうぞ」
遠慮なく彼の膝の上に頭を乗せる。見上げると、クロードの優しい顔が見えた。
「気持ちいい……」
「眠くなりましたか?」
「うん、少し……」
「お休みなさい、エリーゼ。時間になったら起こしますから」
「ありがとう……」
彼の手が私の髪を優しく撫でる。その感触が心地よくて、私はゆっくりと目を閉じた。
「大好きだよ、クロード……」
「私もです。おやすみなさい、愛しい人」
彼の声を聞きながら、私は再び眠りの世界へと落ちていった。




