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3-3 お父さんが魔法少女!? 

 

 病院に戻る頃には、ゲキは変身を解いていた。

 ミププを肩に乗せたまま、何食わぬ顔で病室へ向かう。


 廊下を歩きながら、ゲキは小さく息を吐いた。


「何とか誤魔化せるか……?」


「無理だと思うミプ」


「他の魔法少女もこんな感じか?」


「彼女たちは認識阻害の魔法でどうにかなるミプ。けど、ゲキの場合はその存在感をしっかり魔法で阻害できてるかどうか未知数だミプ」


 ゲキは自分の頬を触った。


「そんなにか」


「ものすごい存在感ミプ」


 病室の前に着く。

 ゲキは深呼吸した。


 娘に心配をかけない、悟られない。


 あくまで自然に。

 あくまで何事もなかったように。


 そう心に決め、扉を開ける。


「戻ったぞ、エミカ」


 病室の中には、エミカがいた。

 そしてもう一人。


 浅倉沙織もいた。


 沙織はベッド脇の椅子に座り、妙に気まずそうな顔をしている。


 目を泳がせ、スマホを握りしめ、明らかに何かをやらかした後の顔だった。


「……沙織ちゃん?」


 ゲキが首を傾げる。

 沙織はびくりと肩を跳ねさせた。


「こ、こんにちは、五月女さん」


「来てくれてたのか。エミカの見舞いか?」


「は、はい……見舞いというか、その、見せてしまったというか……」


「見せた?」


 ゲキの背中に嫌な汗が流れた。

 ベッドの上のエミカは、うつむいていた。

 肩が震えている。


 泣いているのかと思った。


 だが違った。


 ……エミカは、顔を真っ赤にしていた。


 恥ずかしさと、怒りと、混乱が混ざった顔。

 ゲキは本能的に悟った。


 これはまずい。


「エ、エミカ?」


 エミカはゆっくりと顔を上げた。

 その手にはスマホが握られている。


 画面には、動画投稿サイトが表示されていた。


 再生中の動画。


 タイトルには、こう書かれている。


『雨玻町に謎の男魔法少女出現!? バイクで突撃&ショットガンで怪人撃破!』


 サムネイルには、魔法少女ゲキ・マキシマムが大型バイクに跨り、マジカル・ショットガンを構えている姿が映っていた。

 再生数は、すでに恐ろしい勢いで伸びている。


 エミカはスマホをゲキに突きつけた。


「コレ何!?」


 病室の空気が凍りついた。

 ミププがそっとゲキの肩から降り、ベッド脇へ避難する。


「えー……」


 ゲキは視線を泳がせた。


「これはだな……」


「何!?」


「……魔法少女だ」


「見れば分かるよ!」


 エミカの声が裏返った。


「なんでお父さんが魔法少女になってるの!? しかも何その格好!? 何そのバイク!? 何そのショットガン!? 何で名乗ってるの!? 何で動画サイトに上がってるの!?」


「ミププ。認識阻害効いてないみたいだ」


「全部答えて!」


 沙織は気まずそうに手を上げた。


「あの……私が見つけちゃって……エミカに見せたというか、もうトレンドに上がってて……」


「沙織ぃ!」


「ご、ごめんエミカ! でもこれは隠せないよ!」


 エミカは再びゲキを睨む。

 ゲキは大きな身体を小さくした。


「エミカ」


「何」


「パパはな」


「うん」


「お前が戻るまで、町を守ろうと――」


「――それは嬉しい!」


 エミカは叫んだ。


「嬉しいけど! 嬉しいけど違う! 何で魔法少女なの!? 何で私より目立ってるの!?」


「め、目立つつもりはなかった」


「バイクで突っ込んで、ショットガンぶっ放して、名乗って、手を振ってる人が言う台詞じゃない!」


 ゲキは言い返せなかった。

 ミププが小さく呟く。


「正論ミプ」


「ミププも説明して!」


「ミプ!?」


 エミカの矛先がミププへ向く。

 ミププは慌てて両手を振った。


「え、えっとミプ……メイクアップ・リグがゲキの心に反応して……その……精霊界的にもかなり例外で……」


「例外で済むの!?」


「済まないミプ……」


 ゲキは頭をかいた。

 エミカは怒っている。恥ずかしがっている。混乱している。


「……怪我は?」


 エミカが小さく尋ねた。


「してない」


「本当に?」


「ああ。本当だ」


 ゲキが答えると、エミカは少しだけ息を吐いた。

 だが、すぐにまたスマホを突きつける。


「じゃあ、これは後でちゃんと説明して」


「ああ……分かった」


「全部」


「ああ」


「衣装のことも」


「衣装は俺の意思じゃない」


「ショットガンのことも」


「それは……まぁ、俺の意思だ」


「魔法少女ゲキ・マキシマムって名乗ったことも」


「……ああ」


 沙織が小さく呟いた。


「でも、すごく格好よかったな……」


「沙織!?」


「ごめん!」


 病室に、久しぶりに騒がしい声が戻った。


 エミカは怒っている。

 ゲキは困っている。

 沙織は気まずそうにしている。

 ミププは頭を抱えている。


 だが、それは絶望ではなかった。


 痛みも、不安も、まだ消えていない。


 それでも、少しだけ日常が戻ってきたような空気だった。


      Θ


 同じ頃。


 雨玻町から遠く離れた山奥。


 深い森の中で、一人の男が座禅を組んでいた。


 暗い赤髪。

 片目を隠すほど長く伸びたロングヘア。

 鍛え抜かれた肉体を包む、薔薇色のタンクトップとジャージ。


 ――彼の名はローズ。


 彼の周囲には、倒れた丸太が転がっている。


 岩には拳の跡が刻まれ、木々の幹には蹴りの跡が残っていた。


 山籠もりの修行。


 それは普通の人間が想像するものより、はるかに過酷なものだった。


 ローズは、膝の上に置いたスマホを見つめていた。


 画面には、動画投稿サイトの映像。


 大型バイクで悪魔空間に突入する巨漢。

 ピンクのショットガンを撃つ魔法少女。

 人々の声援を受けて立ち上がり、デビガノイドを拳で打ち砕く姿。


 ローズの唇が震える。


「男が……」


 画面の中で、ゲキ・マキシマムが名乗りを上げる。


『娘の涙に拳を燃やす! 怒れる父のマジカルハート! 魔法少女ゲキ・マキシマム!』


 ローズの片目が、長い前髪の奥で大きく見開かれた。


「男が……魔法少女に……?」


 その声は震えていた。

 驚きではない。恐怖でもない。


 ――それは、長い間閉ざされていた扉を見つけた者の声だった。


 ローズは立ち上がる。


 長い暗赤色の髪が、山の風に揺れた。

 その瞳に、炎のような希望が灯る。


「いるのね……」


 ローズはスマホを握りしめた。

 

 その手は震えている。

 

 だが、それは迷いではなかった。


 歓喜だった。希望だった。


 長年憧れ続けた夢へと続く、一本の道を見つけた震えだった。


「魔法少女ゲキ・マキシマム……」


 ローズは、画面の中の巨漢を見つめる。

 そして、静かに笑った。


「会いに行かなきゃ」


 山奥に、力強い足音が響く。


 倒れた丸太を踏み越え、岩場を越え、ローズは歩き出した。


 その瞳は、燃えていた。

 

 男が、魔法少女になれるなら。


 ――自分にも、きっと。

 

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