駆け出しの見習い魔術師 ◇祝砲
控えめなノックの音がして、エイラはゆっくりと身を起こした。
いつの間にか、眠っていたらしい。
淡い魔法灯の光が照らす室内を見て、ここが慣れ親しんだミラナの家ではないことを思い出した。
ヨナは、ベッドの脇に丸くなって、羽毛を膨らませるようにして静かにまどろんでいた。
「エイラ? 起きてますか?」
扉の向こうからかけられたのは、柔らかな声だった。
目をこすりながら立ち上がって扉を開けてみると、先ほどのロディスともう一人少女が立っていた。
「こんばんは。シルです。あなたの姉弟子よ。夕食のお誘いに来ました」
ふわふわの金色の髪をゆるくまとめた少女は、ふんわりした口調でにこにこと笑っている。だがその瞳は、オニキスのように濃い黒で、強い意志を秘めた静かな光を帯びていた。
「寝ちゃってた? 寝ぐせはない? 食堂の場所を教えたいのと、顔合わせね」
「えっ……大丈夫……だと思います」
思わず前髪を直しながら答えると、シルは明るく笑った。
「ついでに、今後の話もしましょう」
そのとき、目を覚ましたヨナが、エイラの肩にふわりと降り立つ。
シルは、目を見張って声をあげた。
「うわぁ……なんて立派な大梟。……ふわふわ……でも!」
目を細めながらも、きっぱりと言う。
「お留守番ですね。食堂、ちょっと天井低めなんです」
先を歩きはじめるシルの後ろ姿は、まるで小さなお母さんのようだった。
ロディスが、エイラの肩をやさしく押して促した。
塔の廊下は、あたたかな光で照らされていた。
壁の魔石が優しい灯りを放ち、三人の影を静かに引いていく。
もしかしたら、昼と夜とで色調が調整されているのかもしれない。
「シルは、僕と同じ師に学んでいる。見習い三年目」
ロディスが歩きながら言った。
「私の半身は菩提樹なの。癒しが得意で、今は戦闘術にてこずり中よ。
なんでも聞いて頂戴ね。……あら?」
シルが、エイラを振り向いて足を止めた。
「緊張してる? そうよね。初日はみんなそうです。私なんて、緊張しすぎて最初の晩ごはん、食べられなかったんだから」
人懐っこい笑みをうかべて畳みかけるように続ける。
「好き嫌いはない?実家からはなれても偏食はだめよ」
エイラは、思わず笑った。
(本当に、小さなお母さんみたい)
****
魔法灯のランプが燈る食堂は、穏やかなざわめきに包まれていた。
今日であったばかりの新入りの見習い達はエイラと同じように、姉弟子や兄弟子に囲まれて席についていた。
一番奥の窓際のテーブルの前に来て、シルが振り返った。
「いつも私たち、この辺りに座るんですよ。ここなら、今日はすごいものが見られるわよ」
シルがそう言うと、ロディスがエイラの椅子を引いてくれた。
「君はここ」
テーブルの上には大きなミートパイや、チキンのハーブ焼き、野菜のクリームシチューの乗った大皿や鍋が所狭しと並んでいた。
デザートはとろとろのプリン。
エイラの大好物だ。
シルが次々と、エイラの前に取り皿を並べていく。
「今日は、新入り歓迎特別メニューだから、たくさん食べなさい!」
その様子を、ロディスがおかしそうに笑いながら見守っている。
エイラは、肩の力が緩むのを感じた。
朝の儀式から、ここに至るまで、ずっと気持ちの糸が張り詰めていたのだ。
二人のおかげで、不思議と落ち着いた心持ちになった。
その時、ドーンという大きな音がして水晶窓が震えた。
「なあに!?」
びくりとエイラの肩が揺れた。
「始まったわ!今日の一番のとっておき!」
シルが立ち上がった。
ロディスが窓を示して、エイラの肩を少し押した。
「エイラ、窓をみてごらん!新入り歓迎の祝砲だよ!」
「わあああ!」
エイラは思わず声をあげた。
食堂のあちこちから歓声が上がった。
色とりどりの流星のような光が、窓の外で次々と流れ落ちていた。
円形の壁や天井が、ぐるりと囲んだ窓の光で万華鏡のように虹色に染まっている。
「さあ、見てなさい!」
シルが掌に小さな魔法の灯をつくって、天井にむかって投げた。
ロディスも笑いながら、投げる。
周りの魔術師たちも同じように次々と魔法灯を天井に放り投げ、天井はあっという間に天の川のような光に包まれた。
歓声やため息があちこちで漏れた。
「これは、先輩たちから、新入りちゃんたちへの贈り物」
シルがエイラの肩を抱いて指さした。
「私の見える?」
「私もやっていい?」
エイラが、ささやくように言うとロディスがにっこり笑った。
「もちろん」
ロディスを見本に、エイラは掌に小さな魔法灯をともし、上にむかって投げた。
二つの魔法灯はふわりと登って、ぴったり寄り添ったまま、ほかの幾多の光の群れに加わった。
「上手じゃない」
シルが頭を撫でてくれる。
「本当に綺麗」
言葉を探しても、それしか言えなかった。
窓の外ではまだ、祝砲の虹色の雨が続いている。
「あ、次に最後の祝砲がくるよ」
シルが、エイラの袖を引いた。
その刹那、一際大きく、美しい白銀の光が夜空を震わせた。
(まるで、夢みたいだ)
「……今の最後の祝砲はエイラ、君への歓迎の光だよ」
ロディスが耳元でそっと教えてくれた。
涙が出るほど美しい光景で、エイラは胸がいっぱいになった。
「……ありがとう。誘ってくれて」
ロディスとシルが、互いに目を合わせてから、にこりと笑ってうなずいた。




