20.とある酒場での一幕
美しい少女だった。
陽の光を浴びて煌く金の髪、色濃く深い瑠璃色の瞳。透き通るような白い素肌も長い手足も、彼女の美貌を引き立てるばかり。
ミロレオナード元帥閣下の背後から、ちらりと此方を伺っていた少女。
その一瞬で私は彼女に惹かれてしまった。
ミロレオナード元帥閣下が少女を囲っている。そんな噂は軍部中に広がっていた。
空軍に属する連中はそれについて口を噤んでいたが、あれだけ目立つ少女の噂話などすぐに広がる。北の辺境で保護してからご執心らしい。それはあの背中にかばう様子からも見て分かった。
あの少女は何者なのか。
身元不詳だとラムズウェル閣下は非難していたが、皇帝陛下もその存在を黙認しているらしい。ミロレオナード元帥閣下と皇帝陛下は旧知の仲だから、ミロレオナード元帥閣下が言えば話は通ってしまうのかもしれないが。
ああ、もう一度会いたい。あの美しい少女をこの手にしたい。
非番だった俺は、夕方から馴染みの酒場で飲んでいた。
酒の回った頭で考えるのは、やはりあの少女のことばかりだった。
「隣いいかい?」
不意に掛けられた声に視線だけを向ける。黒いローブを深く被っているが、声からして男のようだ。ローブの奥でモノクルがきらりと光った。
「……誰だ?」
「いや、名乗る者でもないさ。あんた、軍の関係者だろ? ちょっと聞きたい事があってね。ああ、一杯奢るよ」
ローブの男は明るい調子で話しかけてきた。気安い雰囲気に思わずこちらの警戒も解ける。
男は店員に酒を注文する。高い酒だ。
「それで、聞きたいことって?」
「軍の中にすっごい美少女がいるって本当か?」
平民の中でも噂になっているのか。完全に隠すのは無理だろうから、それも致し方ないのだろうな。
「見たことはあるか? どれだけ綺麗なんだ?」
男は俺の前に酒を置くと、テーブルに身を乗り出すようにして問いかけてくる。この新しい友人に、あの美少女のことを話してやるのも悪くない。
「ミロレオナード元帥閣下が囲ってる少女のことだな」
「空軍の元帥閣下が囲ってんのか。あの美丈夫が囲うくらいなんだ、それは美しい少女なんだろうな」
「ああ、俺も一度だけ見たことがある。遠目からだけどな」
「髪の色は? 瞳は?」
「艶めく金髪に深い青の瞳だった」
ワインをぐいと呷る。さすがに高いだけあって喉越しもいい。芳醇な香りが鼻から抜ける。空になる前に、男が酒をついでくれた。
「肌は白くて手足も長い。口元にあったほくろが色気を出していてな……」
「へぇ、そうか……」
男がにやりと笑った気がするが、どうでもいい。酒が気持ちよくて気にならない
それからも俺は男に乞われるままに少女の風貌を話し続けた。ミロレオナード元帥閣下のこともだ。
元帥閣下はまだ二十五歳。二年前、皇帝陛下が即位される時に合わせて空軍の元帥に就任したこと。灰色の髪に緑の瞳を持つ美丈夫ながら女嫌い。王都にある屋敷は警備が厳重で結界も数多に張られている。入隊した時には豊富な魔力から魔導師団にも勧誘されたが、皇太子であった陛下に付き従う形で空軍の創設に貢献した。……どうして俺はこんな事まで話しているんだ?
空軍には元帥閣下直属の主翼と、副官二人が指揮する左翼と右翼がある。それぞれの艦は元帥閣下の魔力で動いていて……これは話してもいいんだろうか。
魔導師団?ああ、昔、副団長が処刑されてからはあんまりぱっとしないらしいが……だめだ、頭が回らない。
『その少女を自分のものにしないのか』
ぼんやりする頭でも、にやりと笑った男が呟いた言葉が耳に残る。
あの少女を自分のものにする。この感情のまま、欲のままに彼女を……。ぐるぐると思考が染まっていく。だめだ、もう何も考えられない。
弧を描く男の唇だけを見つめて、俺の視界は闇の中に沈んでいった。




