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21.餌

「例の術士が帝都に来てるみてぇだぜ」


 書類仕事にさっさと飽きたジギワルドは、先程から出歩いていたはずなのに。案外あっさりと執務室に帰ってきた事に、俺が首を傾げても仕方のないことだろう。

 ジギワルドの手に乗る程度の大きさの水晶は俺が渡したものだ。薄緑の小さな光が、水晶の中で点滅を繰り返している。


「姿は確認したか?」

「遠目からな。黒いローブの、たぶん男」

「エルザの為にわざわざ帝都まで足を運んだか」


 エルザに対して、俺以外が執着を向けるのは面白くない。低く笑うとジギワルドから受け取った水晶玉に目を凝らした。


 これは俺が作った探索水晶だ。対象者の魔力を指定すれば、その魔力の主が指定した範囲に足を踏み入れる事で反応する。

 魔導師団に残っていた、当時の副団長であるゲオルグ・アルフレドが作った魔導式から魔力の残滓を掬い取ってみたのだが……。死人であるはずのゲオルグの魔力が反応している。やはりどうにかして、処刑から生き延びたようだ。


 奴はエルザの魔力を辿っているのだろうが、それも難しいはずだ。俺がエルザの周りにいつも結界を張っているから、その魔力を探るのは簡単なことではない。屋敷にだって幾重にも防御結界を展開している。

 それにエルザの魔力も変化している。俺の魔力を日夜と飲んでいるから、純粋にエルザの魔力だけで追い掛けるのは難しいだろう。


「さて、どうするか」


 執務椅子に背を預けて天を仰ぐ。


 まずはその術士を捕らえるべきだろう。真名を取り戻さなければならない、が……素直に応じるわけもなく。此方も禁術で真名を奪う事は難しくないだろうが……奴がそれを防ぐ術を持っていないわけもない。



 ――コンコンコン


 思考を遮るのは少し乱暴なノックの音。

 ジギワルドが扉を開けるのを視界の端に捉えた。


「ちょっと、ヴィル! 陛下がエルザちゃんに謁見させろって!」


 苛立ちながら入室したオーティスに溜息が漏れる。どうしてこう厄介事が重なるのか。

 ジギワルドとオーティスは向かい合ってソファーに座ると、先程従官が用意してくれたお茶セットを使って紅茶を飲み始める。俺に淹れる気遣いはない。


「陛下がエルザに何の用だと?」

「聞いてないけど、興味じゃないの? あんたがご執心な女の子だもの、誰だって見てみたいでしょ」

「俺は見せたくない」

「じゃあ陛下にそう言って来なさいよ」

「オーティス、決裁は?」


 オーティスは陛下の執務室に書類を持っていったはず。代わりに先日提出していた、空軍施設の修繕予算についての決裁を貰ってくる予定だったのだが……オーティスは手ぶらだ。


「決裁が欲しかったら、エルザちゃんを連れてこいって」

「……陛下のところに行ってくる」


 オーティスがイラつくのも分かる。手にしていた万年筆を力任せに握り折ると、俺は陛下に会うために執務室を後にした。




 先触れも出していないが、いつも仕事を手伝っている俺が陛下に会えないわけもなく。

 俺は執務机を挟んで陛下と向かい合っていた。このお方は楽しげににやにやしているが、肌寒い室内に補佐官達は震えている。


「ヴィル、そう怒るものではないぞ。瞳孔が割れている」


 くつくつと笑うその額に頭突きでも食らわせてやりたくなる。陛下は手にしていたペンを置くと、応接セットへ着くよう俺に促した。

 断るわけにもいかず、椅子に座ると陛下もソファーに腰をおろす。従官が手早くお茶を出してくれて、カップから湯気が立ち上った。


「エルザを屋敷から出すわけにはいきません」

「それは例の術士が帝都入りしているからか」

「……よくご存知で」

「術士を呼ぶには彼女の存在が一番だろう」

「……エルザを餌にするおつもりですか」

「だから瞳孔が割れた目で睨むな。お前が怒ると寒くてかなわん」


 執務室に差し込んでいた陽の光は、分厚い雲に覆われている。轟き始めた雷鳴に気付いた陛下はすっと目を眇めた。


「落ち着け、ヴィルヘルム・ミロレオナード」


 年若くも纏うのは王者の気質。

 俺は深呼吸を繰り返すと首を小さく横に振った。部屋の温度が上がっていくのが分かる。


「……申し訳ありません」

「いや、私も言葉が足りなかったな」


 急変する部屋の温度や天気も気にすることなく、陛下は平然と紅茶を飲んでいる。倣って俺も紅茶のカップを手にすると、それは冷めてしまっていた。


「エルザ嬢を城に呼べ。罠はどれだけ仕掛けてもいいから逃がすなよ」

「お心遣いに感謝します」

「して、それを術士はどうやって知ることになるだろうな?」

「先日の警戒飛行の際に、エルザに懸想した陸軍将校がいるようです。その男が酒場で黒いローブの男と一緒にいる姿が目撃されています」

「ほう……情報を漏らしているか。情けないな」

「魅了を使える術士ですからね、簡単なことでしょう」

「ではエルザ嬢との謁見は五日後だ。構わないな?」

「ありがとうございます」


 エルザを餌にするのは、正直いまだに納得がいかないが。それが一番確実で手っ取り早いのも事実ではある。いつまでもこうしているわけにはいかないのだ。何としても、エルザに真名を取り戻してやらなければならない。


「処刑したはずの男に生きていられるのも困るしな」


 皇帝陛下にとっては此方の方が重大な問題だろう。そんな事が知られたら処刑が意味を成さなくなってしまう。

 俺は冷たくなった紅茶を一気に飲み干すと立ち上がった。今すぐにでも準備を始めなければならない。時間が惜しい。


「陛下、決裁を宜しくお願いします」


 俺が口にするが早いか、陛下に目配せをされた補佐官が書類を差し出してくる。

 ……決裁自体は終わっていたな。俺は苦笑いをするしかなく、執務室を後にした。


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