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ぱあと43 ゴスロリッ子は三度来たる

「カサネ、おっかえり~~っ☆」

 ぱああん、というクラッカーの音が鳴り響いた。

 螺旋状らせんじょうの長い色紙が出てこない、エコタイプのクラッカーだ。もちろん俺目掛けて撃たれた物である。

「あれ~、カサネってば感動のあまり声も出てないよっ! カサネママ~、作戦は大成功だねっ☆」

「ふふふ、まだシメが残ってるわよールイちゃん。サプライズは黙るが花、最後に咲かせるのが吉ってね? ほらほら、重ちゃんもぼーっと突っ立ってないで、うがい手洗い! 今日の料理は見て驚くわよー」

 さて俺は何に無念さを感じるべきだろうか。

 おふくろの制裁に戦々恐々(せんせんきょうきょう)無言のドライブを経たことか。自前の鍵で開けた玄関を過ぎ、リビングのドアを開けたらこんな歓迎を受けたことに対してか。目の前の黒い衣装を着た奴に対してか。それとも、うふふと笑いながら洗面台に向かうおふくろに対してか。

「も~ カサネと会うのすっごくひっさしぶりな気がする~~! 忘れちゃってないっ?」

 昨日会ったのに、やけに俺を見てはしゃぐゴスロリ娘。

 は~~~っとため息をつく。

 いや負けるな市原 重。これは俺が超えなければならない壁だ。……ハイテンションボケにはハイテンションツッコミで返せという実践篇じっせんへんだ!

 すうと息を吸い、ほけ?としているルイアントーゼに向かって 俺は言い放った――!

「なんでお前が居んだよ! 家族ヅラして食卓上がってんだよ! おふくろまで洗脳したのか!? さしずめお前は俺の遠縁親戚か外国人留学生設定かコラァ!!?」




  でびるにお願いっ! ぱあとふぉおてぃすりい 



「ひどいなあ。ボクはただ カサネのお友達ですって言って上がっただけだよ」

 ルイアントーゼを廊下に引っ張り出すと、そんな理由が本人の口から聞けた。

 メイド調ゴス、シスター風ゴス、ヴィクトリアン調制服ゴスときて、コイツの今日の出で立ちは……

「ブラックナース……?」

「ちがうー! 今日の服は小悪魔風っ」

 黒変形ナースのコスプレにしか見えないこれも、あくまで 黒タイツ+黒小帽子装着のゴスロリ服らしい。やっぱりゴスロリは奥が深かった。

「まったくカサネはーっ。にくだんご作って待ってたのになかなか来ないし!」

 ゴスロリッ子、ご立腹。

 ただし頭下でぷんすかされても、アタマ一つ以上下にある奴相手なのでいまいち怒られた気がしない。

「シズもクユリもカサネに会いたいって待ってたんだよ? もんだり転がしたりからめたりしながら」

「………」

 俺の頭上でひよこが数羽、ピヨピヨ騒ぐ。何故か家に居るルイアントーゼ。この場に居る経由を説明せず、唐突とうとつに出てくる妹とその友達の名前。

 会いたい? 待ってた? 

 んだり――転がしたり――か、絡めたりしながら??

「みんなでゴハン作ってたらカサネママが帰ってきたんだ。そしたらカサネからデンワが来ちゃって、『迎えに行ってくるから、留守番よろしくね』って頼まれたってわけ」

「……ああ、みんなで材料をこねたり手で丸めたりあんを掛けたりしてたんだな」

 断片的で用法をずれて使ったルイアントーゼの説明を、一個一個解きほぐしていった。

「お前を入れたのはまた志珠シズか。家にはくゆりちゃんも居たと」

 大方、ルイアントーゼが家の呼び鈴鳴らして、妹が入れたんだろう。その時たまたま家には妹の友達が居た、と。

 …ちなみに妹の友達はくゆりちゃんという。妹いわく、水泳部の特待生だ。小さい頃から何度も全国大会の表彰台に上がっているらしい。家で見かけたことも何度かあったが、中学生ですか本当に妹と同い年ですかって言いたくなるくらいの長身ナイスバディ少女だった。

 疲れた頭で推理するのは避けたいが、どういう状況からだったのか、妹とルイアントーゼは家で遊ぶような知り合いになってしまったらしい。あまつさえ、妹の友達と三人で肉団子をキャッキャキャッキャと作るまでに意気投合してしまったらしい。

「……で。うちの妹を懐柔かいじゅうしてまで俺ん家に乗り込んだ理由はなんだ」

「ちがうよー。今日はお宅訪問するつもりなかったんだ。たまたまシズと会って、手伝うことになっただけ」

 ルイアントーゼは前述した俺の推理をあっさり否定する。

「シズは『サプライズ』っていうのをやりたがってたから」

「なんだそれ」

「カサネに直接()きたいことがあるって、意気込んでたよ。『電源ごと切るなあ!』とか『かさ兄のばかー!』とか叫んでたなあ」

「……はあ?」

 やっぱりルイアントーゼの話は分からない。俺に直接訊きたいこと? ケータイに掛ければ済むことじゃないのか? 

 妹からのメールも着信もなかったような気がするが……『電源ごと切るなあ!』って叫んでたって、なんだ?

「重ちゃーん? うがい手洗いまだでしょう。ちゃんとしなさいねー」

 と、おふくろが呑気のんきに洗面台から戻ってきた。ドライブ中の冷徹さはどこへやら、廊下で話し込む息子に優しく予防行動の奨励しょうれいである。

 リビングに入りざま、俺らの話が聞こえていたのかどうなのか、こう言った。

「そうそう、後で志珠に連絡してあげて。重ちゃんに電話切られてショックだったみたいだから」

「……、あー…」

 そしてドアが閉まるのと同時に俺は思い当った。

 和谷がぶっ倒れて、おふくろにケータイで出動要請(ようせい)を申し入れた時。なぜか電源が切ってあったような気がする。その後入れ直して掛けたような気がする。

 そういや――確かに電源ごとブチイイィッと切っていた。

 学校を出て、和谷を発見、中学生との一悶着ひともんちゃくの後。あの時、液晶には「志珠」と表示されていた。トンズラしようとした和谷に、俺のほうがキレた結果だ。

「あーあ、カサネに会いたがってたのに、結局シズもクユリも帰っちゃったなー。カサネのびっくりしたカオが見たいーって言ってたのになー」

 ルイアントーゼが無邪気な追い打ちを掛けて来る。俺の思い当たった表情を見透かしたかのような見事なボディーブローだ。

「世の中にはのっぴきならない事情というものがあってだな……」

「カサネのデンワが来なければシズとクユリともっと話せたのになー」

「非常事態だ。楽しいひとときを邪魔されたみたいに言うな」

「だって本当だもんー! クユリも服かわいいってほめてくれたし、カサネのデンワが来るまではがーるずとーくに花咲かせてたりもしたんだからねっ」

 妹の情報によると、くゆりちゃんは可愛い物好きなようだから、ゴスロリ服のルイアントーゼも 可愛い部類に入って、即座に気に入られたのだろう。

「ガールズトーク、ねぇ。つーかそもそもお前……」

 人間じゃないだろ。言いかけて、めた。

 もしかしたら、本当にルイアントーゼの楽しいひとときを、俺の電話で邪魔してしまったのかも知れない。

 コイツが普段どこで何をしているのかは全く疑問だが、人間ではない(と思う)以上、あまり人とは触れ合わない生活だったとしたら、今日の妹たちとの触れ合いは貴重だったのだろうか。

 目の前の顔と、俺が持ってきた煎餅せんべいを嬉しそうにもらっていった時の笑顔とが重なる。

 世の中には悪魔うんたらという悪魔召喚に関する機関があるとか。

 俺がその中の使い魔になる申請をしてしまったらしいとか。審議の後に正式に承認されてしまったとか。コイツが、俺に必要事項を伝えるべく上の勅命ちょくめいってきたとか、誰かに呼び出されたら「使い魔」だとしてそいつののぞみを叶えなきゃならないとか……

 和谷の言う通り、鵜呑うのみにする方がおかしい。

 和谷の希を『何故』叶えなければならないのか、叶える『目的』は何なのか。

 訊きたいことは山ほどあれど、今この場で尋ねるのははばかれる気がした。

「悪かったよ」

 軽いため息が出た。何に対しての謝罪なのか、自分でも分からなかった。

「カサネ?」

 真ん丸い目で見上げてくるルイアントーゼ。

 邪推じゃすいのかけらさえ見当たらない瞳にのぞき込まれて、つい正直に話していた。

「いや……お前に会ったら色々問いただそうと思ってたんだけどな。見たらなんか気ぃ抜けて忘れた」

 今日一日の疲れがどっと出てきたってのもある。おかげで走馬灯を二度も体験してしまったわけだ。

 どういうわけか、今の俺にはこのゴスロリっ子とのやりとりが新鮮に思えた。

「お前もあの問題児に会ってくれよ。俺の口からじゃ信じられないらしいから」

 今までのやりとりを思い出し、苦笑する。あいつは完璧カンペキ俺の言うことを演劇部の脚本だと思い込んでいた。今どき悪魔だの使い魔だの下僕だの……ネタにしかなんない痛い話を持ち出せるかと言いたい。いや持ち出していぶかしげな顔を向けられたのは俺だが。

「もしかして、カサネを召喚したワヤってコ??」

「そーそ、俺が下僕だか使い魔だかになった例の眼鏡っ子」

「ふうん。カサネに信じないって言ったんだ……利口なんだね。ワヤは」

「おう、『そんな愉快なことを話す方、ぜひお会いしてみたかったです』っつってたぞ」

 そういえば、もしルイアントーゼと会ったら、あいつはどんなリアクションをするんだろうか。案外 ボケ&ツッコミが新しい形で成立するかも分からない。かたやハイテンションゴスロリっ子、かたや必殺アルカイックスマイル眼鏡っ子。

「ををう……」

 なんだかリアルな想像をしてしまった。

「――カサネ」

「あ、世迷言よまいごとだ忘れろ。お前が志珠たちと作ったの、肉団子だっけか? 食うよ」

 寒気がしてしまったので、脳内から取り払う。

 わしゃわしゃ。相手のつむじが見える位置にあったので、つい そんな風に、手でアタマをでていた。小さい時の妹が居るように感じて、何気なく出た行動だ。髪をいじくってから、「コドモ扱いはんたいぃーっ!」とかって手を振り払われるかと思ったが、意外にもルイアントーゼは大人しく わしゃわしゃされていた。

「ねえ、カサネ」

 手を離した途端、急変した相手の表情に、面食らったのは俺だ。

「忘れることは、悪いことじゃないよ」

 何の発言に対して、そう返してきたのか。

足掻あがくことも、受け入れることも、あらがうことも、あきらめることだってゆるされる。――だってキミはヒトだから。答えの出ない問いを、考えることしか出来ないイキモノだから。」

 ひゅっと此方こちらを射抜くような、意志の強い瞳。

 いつか向けられた和谷の眼と、弟の眼を彷彿ほうふつとさせた。此方の答えを待たず、必要ともせず、また、しとしない。 

 ただ和谷のそれは、びしくてやりきれない諦めに近かった。弟のそれは、無理に人を遠ざけているような痛々しい感情だった。

 だが、今俺に向けられているその視線は。うったえてくるその眼は。

 例えるなら、見限りと、優越ゆうえつに 似ている。

「どういう……意味だ?」

 空気に耐え切れなくなって、口に出したのは俺の方だ。

 ふっとルイアントーゼの口元がゆるむ。かぶりを振って、彼女はしおらしく言った。

「ううん…ただのヨマイゴトだよ」




 その言葉の意味を、俺はリビングに行って知ることとなる。

「は~い重ちゃん、『無言のドライブ、怒られると思いきや……待っていたのはクラッカーと素敵なお料理!』 仕上げは女の子三人が作ってくれたフルコースのお披露目でーす!」

 おふくろが食卓に持ってきたのは、なぜか黒コゲで アヤしい色のどろりタレがひたひたに入れられていたブツだった。

 おぶしゃあーと擬音ぎおんできそうな、ボコボコ泡いってる未知の怪奇物体XYZ……

「忘れられそうにねぇよ!コレ考える以前に食うの足掻くよ!抗うよ!」

 とツッコんでしまったのは、言うまでもない。


 <ぱあとふぉおてぃすりい 終了>

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