ぱあと9 恋のパワーで一網打尽!~二次元猛者が語る明日~
例えばだ。
目の前に「これ以上関わるとロクな目に遭わない」と予感めいているものがあるとする。
「とんでもない騒動の種」あるいは「ヤバいヤマ」はたまた「破滅の宣告」でもいい。
それが突然流行りの着歌とともに携帯のメールに入ってきたら……どうするか。
「ああ来たね 菓子少年・重くん」
演劇部室の扉をがちゃりと開けると、部長が軽やかにターンをしながらやって来た。
やっぱり広がってきたのは柑橘系の爽やかな香りだ。『ロゼ・クロワ』ブランドの02564番『ブラン・フェニクス』……別名オニゴロシ。
「そんなところに突っ立ってないで掛け給へ 座り給へ! それともワタシの美しさを立ったまま眺めていたいというのかい、その熱い眼差しでっ!」
「イヤどっちかっていうと冷ややかな眼差しです」
回避できない騒動の種と破滅の宣告は、真正面からぶつかるしかない。
このマキシ先輩に出会ってから、俺が一番に心得たことだった。
でびるにお願いっ! ぱあとないん
「えええ〜〜と先輩。まだ明日の放課後じゃないと思うんですが何ゆえケータイにメールが…」
確かに俺は今朝、演劇部の部長である先輩から、練習を見てもいいと招待された。
あの和谷って1年が劇の主役をするとのことで 明日の放課後行くはずだったのだが。
今はその前日、テスト二日目の終了後だ。とっとと帰って明日のテストの対策をするべきだ。
――鐘の音に紛れて着歌が流れ、見て直ぐ思わず二つ折りにした俺の気持ちは計り知れない。
“ラ・メールなカラメルジュブナイル、重くんへ。
今すぐワタシの園へ来るといい。
もし120秒経って連絡がつかなかったら このメールはマキシマムへ転送して君を捜し出してもらうのでそのつもりで。”
もちろん直ぐ様ダッシュした。送信から受信までのタイムラグを考え、昼過ぎで腹が減っていることも忘れ何かを奪取するかのようにダッシュした。
ただでさえ今朝の一件で、『|ウィ・ラヴ・マキシマム《眞喜志悠先輩私設使節団》』の怒りを買ってしまったらしい俺だ。ヤバイと予感めいたものがあっても、真正面からぶつかっていかざるを得ない。
で、息咳切ってマキシ先輩の園(演劇部練習用空き教室)のドアをがちゃりと開けたら、花が零れんばかりの笑顔で一回転してまで出迎えられた。
机が十数個まとめて後ろに下げられ、前方に空間が出来ている。成程、こうやって掃除の時みたいに机を下げて、劇の稽古をするらしい。
「それに、その奥に居るの……誰だよ……」
先輩があまりに濃くて、他が視界の隅に入らなかったが、部室にはもう一人 生徒が居た。
ブロック上に収まった机で、弁当をもふもふと食べている人物だ。
俺の視線に気付くと、そいつは口にあるものをごっくんと飲み込んで立ち上がった。
「いんや〜〜〜 キミがイチハラくんじゃて? よぅ聞いとるわ、部長のイイヒトなんやてのう」
「……はあ?」
「重くん、紹介しよう。彼がワタシたち演劇部の頭脳、脚本担当でもある副部長の磯辺君だよ」
「果物のハッサク書いて磯辺 八朔と読むけぇ。いっちょ頼むわあ〜」
満面の笑みで、右手をにぎにぎしながら差し出してくる。どうやら握手を求められているらしい。
詰襟近くに付ける校章の色からして、俺と同じ2年か。
「よ、よろしく……?」
愛想笑いの疑問系で握手をする俺。
つーかなんなんだ、この背だって低くて一見地味〜な感じなのに底抜けにあっかるーいキャラは。
ていうかなんなんだ、この各地を混ぜたようなエセ喋りは。
「実は今回の和谷くんを主役にした劇も、彼が作ったものだ。……キャスティングはワタシと磯辺君を含め3年が選考した。新入生は端役が通例なのだけどね」
先輩は 蝶が舞うかのように、椅子(肘掛のある専用ゴージャス家具)にふわりと腰を落とす。
「2・3年生が務める役とはまた違とる役けんのぉ。フレッシュな感じを出したかってん」
ちょっとホっとした。少なくともこの空間に俺と先輩以外もう一人第三者が居てくれるわけだ。
喋りを聞く限り そんな先輩みたいな突拍子な発言と行動はしないだろうし……
「和谷くんって『魔女れん』のイザナに似とるんよ。今回の劇もそんなタイプの子でな、ぴったりじゃけぇ〜」
「ま、まじょれん?」
こいつ今なんつった?
言い返した俺の反応を見て、磯辺はきらーんと目の奥を光らせた(ような気がした)。
「いっちょ言うてくれんかな〜。『闇に誘え、わが名と共に。あまねし光を消し去らん』!! かーっ、たまらんなあ〜」
「……」
恍惚と語るエセ喋り。
「ちなみに主人公かれんの決めゼリフはな、『恋のパワーで一網打尽! かれんとれんれん、一緒に行くよ!』や……ええじゃろええじゃろ〜〜?」
「………」
二次元と三次元の混同禁止な境目を踏破する猛者の話を聞くことは避けよう。
ひとりできらきらしているエセ喋りは放っておいた。
ひとまず普通の学校椅子に腰掛け、こほんと咳払いをしてから先輩に問いかける。
「それより。なんで俺を呼んだんだ、先輩」
これがまず大前提だろう。約束より早く 何故俺を呼び出したかという理由だ。
スーツを着たらキマりそうな脚組みのポージングを座って決め、先輩は言った。
「実はさっきワタシのケータイにメールが入ってね。あやふやな状態で明日の練習には出られませんと書記経由で転送が来たんだ。差出人は……その主演の和谷くんさ」
そりゃ文面からして大層堅苦しい言い分だろうなと俺は思う。
あの和谷とかいう女生徒は 潔いといえば聞こえはいいが、融通の利かない頑固者だといえばその通りだ。
「さあこれは困った。本人にそうきっぱり言われたら降板させるしかない。この抜けた穴をどう埋めるか!? それには君の協力が必要というわけだ」
先輩はすっくと立つと、オーバーなリアクションで 後方に居る副部長に向かって左腕を伸ばす。
「磯辺くん! 例のモノを!」
「アイサー部長! これが主役の衣装じゃけぇとくと見ぃっ」
まるで熱血料理漫画の切り札か、どこから取り出したんだか副部長の磯辺が広げたシロモノは――
「光沢麗しいベロア生地は古着のドレスから調達したもんやッ! スパンコールを鏤めとるうえにクリーム色のレースを二重に縫いつけて、テーマはズバリ『大人びた妖精』ッ! 裾が広がってターンが華麗に決まる 乙女心をくすぐるキュートなデザインじゃあッ」
意気揚々《いきようよう》と紹介してみせる。うわー いかにもなヒラヒラが縫いつけられてるレトロなカンジのお洋服ですね……て まさか。
「さあっ今こそ舞台に立ちたまえ重くん! ワタシの寵愛下僕に いやいや演劇部の一員となってくれ給えよ!」
うわあ… サイアクなオチキターーーーー……
「すいません俺女装が似合うとかいうサブ設定はないフツーの学生なんで」
話が早いか否か、俺はがたりと立ってドアノブを回していた。
「やだなあ 重くん。これは本気度が91%の軽いジョークなのに」
「……ほとんどさせる気だったんじゃん!」
<ぱあとないん 終了>
※でびるにお願いっ! どうでもいい補足コーナー※
『魔女っ子ヴィーナス 恋して☆恋々《れんれん》』
・少女雑誌に漫画が連載され、ラジオ放送されるや否や、大きいお友達を中心に水面下で大人気になった作品。
・原作:来徒りこ、漫画:いぬかい きらら
・主人公の女の子が 迷いわんこを助けたことがきっかけで、謎の美形転校生二人組に『次期ヴィーナス』と見出され、ハーティと呼ばれるロボに搭乗して謎の敵からご近所を守り抜くという、愛と感動のストーリーである。略して「魔女れん」。
・現在、漫画連載のほか、ノベライズ、特別ムック、イラスト集、関連CDが発売中。
・フィギュア化、キャラソンシリーズ化も検討されている。
・が、アニメ化の話はなぜかずっとない。
・ちなみにラジオの主題歌は無名時代のイニエが歌っていたらしい。
【登場人物】
池上 架恋……ツインテールな普通の小学六年生。ひょんなことからヴィーナスになってご近所を護ることに! 二人の男の子の間でドッキドキの毎日を過ごす。
宮野小路 紫朗……周囲が認める王子様。明雁とともにかれんのクラスへ転入してきた。かれんを『次期ヴィーナス』と呼ぶが…?
穂村 明雁……紫朗とともにかれんのクラスへ転入してきた。学校生活ではなぜか女の子のフリをしている。美少女と思いきや、毒舌女装少年。かれんとは衝突してばかり。
神津 妃巳乎…愛称きみきみ。テニス部所属。かれんのいちばんのおともだち。
咎……謎の集団『ノクトゥルヌス』のリーダーで三十才くらい。紫朗と因縁がある。
誘……寡黙な少女。かれんを目の敵にしている。(実はハーティの旧搭乗者!?)
揺……善悪のつかない無邪気な少女。かれんに嫌がらせをしてくる。(実はきみちゃん!?)
誑……冷酷無慈悲なキレキャラ青年。かれんに興味を持ったらしく、ことあるごとに近づくけれど……!?
【用語】
『ハーティ』……ペンダントからロボ状に変形。愛称れんれん(命名・かれん)。恋パワーで始動。
『ノクトゥルヌス』……謎の集団で、ご近所に悪さを働く。「ハーティ」が目的らしい。