第6話
第6話 中等科の憂鬱
メルト・バン・アドレニスとアルト・バン・アドレニスは双子である。ゆえにいつも一緒にいるが、メルトは日頃からちょくちょく王宮に帰り、フィルと時間をともにしていた。
しかし、現在はテスト期間の真っただ中。王族として恥ずかしい点は取れない。メルトはアルトとともに勉強している。
「この範囲で満点を取るなんて不可能だわ。サリープお兄様はなぜあんなに頭が良いのかしら。」
「確かに今回のテストは難しすぎる気がしますね。」
「私たちは、もう聖王教会の教司としての勤め先が決まっているというのに、なぜこんなことをしていなくちゃならないの。」
「わがままを言わないで下さいよ。まだ光属性の適性があるというだけで、我々の力には伸びしろがあると父は思っているのですから。しかもまだ、教司の任につけるのは大分先の話ですよ。」
「複数属性の発現がそんなに簡単には起きないと思うわ。それこそ、サリープ兄様の頭脳を持っても適性がなければダメみたいなのだから。」
「フィルは、使えるみたいじゃないですか。」
「ふん。あの子は天才なのよ。それ以外はぬるま湯に漬けて甘やかし放題なんだから。」
「それは、メルト姉様だけだと思いますが。」
「アルトだってフィルに優しいじゃない。」
「それはそうですよ。可愛い弟なんですから。僕なんかよりずっと才能に恵まれてるし、ちゃんと王国のことを考えたら、第一王子のガルフ兄様より強いと思いますよ。」
「強いだけじゃ王国は任せられないってことでしょうね。私たちにだって媚びを売ってくる貴族たちを掌握してガルフ兄様に一泡吹かすことくらいできるわ。でも、父の意向は、絶対ですもの。あの父がフィルには王国のいざこざから遠ざけたいとおっしゃっていたんですから、ガルフ兄様がこのまま順当に王を継ぐのでしょう。そのためにも、信仰人数の多い聖王教会へ私たちを入信させて、平民のはけ口にしようと考えてるんでしょう。」
「信仰は尊いものですよ。メルト姉様。豊かではない生活に希望をもたらすものなのですから、はけ口なんて言葉で言ったら父上に怒られますよ。」
「そうよね・・・。でも、何かこう鬱々としている感じ、わからない?」
「いや、言いたいことはわかります。しかしながら、そんなに将来を悲観してもしょうがないですよ。伸びしろに期待したいところですが、我々王族は生きる道が決まっていますから。」
「・・・はぁ。」
メルトとアルトは同時にため息をついた。
―――――
「編入の件、承りました。」
膝をついて、頭を下げているリンが言った。
「それで、中等科に編入になるにあたって、買い物に行かなきゃいけないんだ。この間、街を案内してほしいと言ってただろ。ちょうどいいから今日行ってみよう。」
「何を買うでありんす?」
「いろいろとね。教材だったり、魔道具だったり、そういえば付与魔法に使う素材も必要だったっけ。」
「中等科への必要な物リストは、こちらにありますわ。」
「ありがとう、リリィ。」
「滅相もないですわ。フィル様のお役に立てることこそが私の生きている意義でありますわ。」
「次、私が護衛したい。」
「藍が護衛?別にいいよ。」
「だめですわ。この任は私に下った命令。精霊ごときが割り込むんじゃないわ。」
「フィル様とずっと一緒にいてずるい。」
「な!なんていう幼稚な!護衛という任であり、遊びではないわ!」
「リリィ。貴様なぜそんなにほくそ笑んでいるんですか。」
「やはり、フィル様のお傍は嬉しいでありんしょう。」
「ずるい。」
「いやいや、何を言ってんの!リリィは護衛の仕事でね、いろいろ機転を利かせて助けてくれたんだ。」
「フィル様、失礼ながら発言させていただきます。これは、フィル様のお傍にいたいという従者の願いなのです。それと時間的に護衛をしているリリィが一番長いのですから、藍の言葉を借りれば、ずるいのです。」
「はい?要するにみんな一緒にいたいってこと?」
「その通りでございます。」
一同、うんうんと頷き、リリィが時間的に一緒にいる時間が長いことに不満を漏らしている。
「じゃあ、護衛は交代制にしよう。それなら文句ないよね。」
「な!それでは私とフィル様の大事な時間が削られてしまうわ!」
「いや、護衛だけだよね?リリィも付きっ切りじゃなくてたまには休息をとっていいからさ。」
「ふみゅ~。」
リリィは可愛らしく、頬を膨らまして塩らしくなってしまう。
「まぁ、今日のお出かけは、みんなで行こうね。」
―――――
王宮に隣接する活気あふれる大都市、ケルン。ここには、いろいろな種類の店舗や種族、そして大小さまざまなギルドが存在する。
商売をするなら商人ギルドの登録が必須であり、もちろん店舗も必要である。その商人ギルドの中でも一番大きいのが、ハイランド商会である。大通りの一等地の店舗のほとんどがハイランド商会の傘下のものであり、値は張るが高品質なもの提供していると人気である。
しかし、フィルたちはそんな大通りではなく、薄暗い路地を歩いていた。
「フィル様、必要なものは、ハイランド商会で揃うのではありんせん?」
「翆、甘いね。こういうところの店舗で出してるものの中にはとんだお宝が眠っているんだよ。お買い物ってのは、ブランド品だけじゃなくて、自分に馴染むもの似合うものがいいんだ。」
「フィル様がそういうのであれば、そういうものなのでありんしょう」
「まずは、付与魔法に使う彫刻刀です。」
リンがリストを見ていった。
「じゃーん。ここです!魔道具店フィールドオブサークル。来たことは無いんだけど、王宮図書館にいつもチラシが入っていたんだ。それが気になってて一度は来てみたかったんだよね。」
わかりづらい位置に立っているその店は、古ぼけたいかにも骨董品を扱っていそうな店だった。
「こんにちは!」
「いらっしゃいませ~!今日はどのようなご用件ですか?」
接客してくれたのは、店に似つかわないとても可愛らしい女の子だった。というか、フィルと同い年くらいか。
「今日は、付与魔法につかう彫刻刀でいいものがあれば買いたいなと思いまして。」
「そうですか。それならいろいろとありますよ!今お出ししますね。」
溌剌とした女の子は、裏の倉庫へ向かった。
「小汚くてかび臭いですわ。」
「同意。」
「ほんと女子ってこういう趣ある店って嫌いだよね。」
「わっちはそんなことありんせん。落ち着くというんでありんしょうか。居心地がいいでありんす。」
「私も嫌いではありません。きらびやかなのはあまり好みませんので。」
「翆はわかるけど、リンは明らかにフィル様のポイントアップ狙いですわね。」
「な!そんなことはありません。リリィみたいに眷属がなんでもしてくれるようなところにはいませんでしたので、たまにはこういった趣のある店でお酒を嗜んでいただけです。」
「へ~。リンって真面目過ぎるからお酒とか飲まないと思ってたけど飲むんだね。」
「はい。魔人は我が強いものしかいませんので、統率するのに苦労しました。そういう時に息抜きに飲んでいたりしました。」
「お待たせいたしました。」
奥から出てきた店員の女の子マルサは、いろいろな彫刻刀を持ってきた。
「付与魔法に使う彫刻刀でうちが扱っているのはこれで全てです。」
「わぁ~。いろいろなのがあるね。」
「はい。何かご要望がありますか?この中で要望に叶いそうなものを選びますよ?」
「ほんと?じゃあ、まずは、刃の硬度が一番高いもので。」
「では、この辺りですね。」
マルサは、彫刻刀の中から数本を残し、ほかを除外した。
「次は、魔力浸透率が高いもので。」
「ん?なんですか?マリョクシントウリツ?ごめんなさい。それがどういったものなのかわからないです。」
「ああ、ごめんごめん。魔力を注いだ時にどれくらい出力できるかっていうことなんだけど。例えば普通の彫刻刀なら魔力を100注いだら20程度しか先端に集中できないんだ。それが100に近いものがいいなって。」
「そうですね・・・。この中だと、この一本でしょうか。この彫刻刀自体に魔力増幅のルーン文字が書かれているらしいです。」
「おお。いいねぇ。これがあれば大抵のものは作れそうだ。『確かにこの彫刻刀、付与魔術が施されてるけど、魔力増幅以外に精工補正までついている。掘り出し物だ!』」
「金貨2枚と銀貨5枚になります。」
「はい、どうぞ。」
「ありがとうございました。他にお求めはございますか?」
「彫刻刀は自分で選びたかったからこれでいいんだけど、他の魔道具とかをこの予算で見繕ってくれるかな?」
すると、リンがマルサにリストを渡した。
「全部はそろわないですが、在庫があるものは用意できます。少々お待ちください。」
というと、マルサはまた奥の倉庫へ行った。
「フィル様は、私の知らないことをよくご存じですね。」
「ん?何の話?」
「付与魔法に魔力浸透率なんて言葉聞いたことがありません。どこからその情報を?」
「あぁ、え~っと。王宮の図書館に付与魔術の技術本があってね。」
「ヒューマンの付与魔術は、かなり高度なのですね。てっきりドワーフ辺りの技術かと。」
「ああ、そうそう、ドワーフの技術をヒューマンにわかりやすく解説した本を読んだんだ!」
「なるほど、どうりでフィル様は博識で。」
「主、汗かいてる。」
「うん?なんか暑いなぁって。」
誤魔化すので必死なフィルは、無理やり話をつなげて乗り切った。
―――――
「ありがとうございました~。」
店の前で深々とお辞儀をするマルサの姿を後にしたフィルたちが向かったのは、ハイランド商会の本店だった。
それは道中のことだった。
「フィル様、このかぐわしい香りはなんですの?」
と、リリィが急に言い出した。
「血の匂いと間違っているんじゃないですか?」
「そんなわけないでしょ!」
「ああ、あれかな。」
フィルの指さしたほうに目を向けるとクレイプと書いてあった。
「クレイプっていうお菓子だね。食べてみる?」
「はい。食べてみたいですわ。」
「食べたい。じゅるり。」
リリィと藍は食の好みが似ているらしい。
「んふ~!このふわふわな生地と甘いクリームと少し酸っぱいイチゴが何とも言えないハーモニーを奏でておりますわ。血以外でこんなにおいしいものがあるなんて。」
「甘いもの食べたことないの?」
「はい、基本的に血しか摂取しておりませんでしたわ。」
「主、おいしい。」
「確かにこれは美味でありんす。」
「・・・おいしいです。」
「女子は甘いものが好きなんだね。」
そういってクレイプを食べ談笑していると、遠くの方から名前を呼ぶ声が聞こえた。
「フィル~!!!」
「メルト姉様!」
「リリィ!わかっていますね。」
「わかっているわよ。超臨戦態勢ってことですわね。」
リンたちは、フィルの前に立ちはだかった。
「なんなのこの従者たちは!第一王女に対して失礼ね!」
「フィル様、お下がりください。この方は何かに取りつかれています。」
「ほんと失礼ね!そんなわけないでしょ!テスト期間でピリピリしてたから息抜きにクレイプを食べに来たらフィルがいたんだもの!それは愛でなきゃならんでしょうが!」
「常軌を逸してありんす。」
「メルト姉様、すみません。僕の従者たちが無礼を。」
「いいのよ、フィル。フィルは何も悪くないわ。悪いのは、この従者たちなのだから。」
びりびりとした殺気がメルトを包んでいたが、メルトはまったく気にしている様子がない。
「そう言えば、メルト姉様お一人ですか?」
「アルトは勉強しているわ。私は疲れたからアルトの分も買いに来たってわけ。」
「そうですか。僕はこれから中等科に必要なものの残りをハイランド商会で揃えるつもりです。」
「え?フィルが中等科に?」
『しまった!余計なこと言ってしまった!』
「そうなの!じゃあ、私たちと同じ中等科に飛び級したわけね!あぁ。なんて素晴らしいの!」
「はい・・・。そうです。」
「じゃあ、毎日お茶出来るわね!」
「そ、そうですかね?勉強しないとついていけないのでほどほどにしてください。」
「大丈夫!私は中等科の3年よ!フィルにいくらでも教えられるわ!」
「あ、はい。」
フィルは、いつもNOとは言えずメルトに押し切られてしまう。
「フィル様、そろそろハイランド商会との商談の時間です。」
「商談?あ、そうだそうだ!メルト姉様ごめんなさい。ハイランド商会でいろいろ揃えるために商品の紹介をしてもらう約束になっていたんですよ。そろそろ行かなくては、お話はまたの機会に!」
「あら、そう?まあ、中等科にいるんだもの、いつでも会えるわよね。」
「そ、そうですね。じゃあ、また~。」
リンの機転により、そそくさとその場を後にしたフィルであった。フィルはメルトが苦手なだけで嫌いではない。むしろ、魔人たちの殺気を前にして、意に介していない豪胆さはすごいとすら思えて仕方ない。
フィルの都合などお構いなしに、フィルにべったりなのでそこを改善してもらいたいと思っているが。
中等科に編入したら、メルトからいかに逃げるかを考えなくてはと思うフィルだった。