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37 収束

 兵団に着くと、イゼルが再び抱きかかえようとしたのでそれを丁重に断り、アキはすぐにシセリアのもとへ向かうことにした。

 イゼルは不満そうな顔をしながらも彼女を医務室に案内する。ウーゴは第二兵団へ戻るのかと思いきや、一緒についてきた。


 戸を叩くのもそこそこに急いで開けると、そこはかすかに薬品の匂いが漂っていた。アキが視線を彷徨わせると、やけに目につく白いシーツの上に、赤い髪を散らしたシセリアが横たわっていた。その側に、明るい茶色の髪を持つ男性が寄り添っている。

 彼女の前でかがみ込むように身を寄せている後ろ姿に、アキは一瞬声をかけるのをためらった。

 背後でイゼルが息をのむ音が聞こえたかと思うと、男性がこちらに振り向いた。


「モリナー秘書官、無事でよかった。怪我はありませんでしたか」


 アキは慌てて深々と頭をさげると、背後でイゼルが最敬礼をとる衣擦れの音がした。空気を読んだウーゴはお座りをしている。

 この薬臭い小さな部屋で圧倒的な威厳と美貌を放つその人は、この国の王だった。


「本当に、無事でよかった」


 ヨラスは、眉根を寄せてシセリアの方を見る。

 なぜ陛下がここに? という疑問が口をついて出そうになるが、アキは慎重に言葉をつむいだ。


「シセリアさんは、眠っていらっしゃるのでしょうか」

「えぇ。魔力によって眠らされたようだ」


 労るような慈愛の眼差しでシセリアを見つめるヨラスの姿に、アキとイゼルはただひたすら余計なことは言うまいと硬く口を閉じた。

 しばらくすると、戸口からひょっこりとリーアンが顔をだしてきた。


「おや陛下。こんなところでどうしたのかな」

「古い知人が危険な目にあったと聞いて。何もできない身であるのにじっとしていられなかったのです」


 彼は自嘲気味にそう言うと、眠るシセリアの白い手をそっと握りすぐに離した。

 そこには誰も踏み込めない二人だけの世界があるようで、その場にいたものは皆、何も言えずに黙り込んだ。

 しばらくするとヨラスは、自らその空気を断ち切るように顔をあげた。


「リーアン殿、モリナー秘書官を診てあげてください。落ち着いたら聴取の者をだします。私は報告を聞きにいく。オルファン分隊長」

「はっ」


 そう言ってヨラスは部屋を出ていった。イゼルはウーゴにここへ残るように言い置くと、その後を追っていった。


 アキがその後ろ姿が見えなくなるまで見送っていると、リーアンが声をかけてきた。


「大変な目にあったのう」

「はい……でも色々と判断を誤ったので自業自得というか」


 怪しいと思った時点で自分が誰かに助けを求めれば、事はここまで大きくならなかったかもしれない。

 救助されて落ち着くと、今度は情けないやら悔しいやらで自責の念が彼女を襲った。


「この女性につけられていた枷は魔力を封じるものじゃった。モリナーさんが付いていなければ発見が遅れていたかもしれん」

「どういうことでしょう?」


 リーアンはアキに手をかざし、状態を診ながら説明していく。


「オルファン君がウーゴを連れて行ったじゃろ?」

「はい」


 イゼルの言いつけを健気に守っているウーゴは、アキの足元でじっとうずくまっていた。


「こやつは鼻がきく」


 アキが首をかしげると、リーアンは彼女にちょっとした衝撃を与える発言をした。


「つまりじゃな。追跡魔術ができなかったので、代わりにモリナーさんの匂いを辿っていったというわけなんじゃ」


 なるほど、と思うのと同時に、一つの疑問が彼女の頭の中を占めていく。

 イゼルならともかく、アキはそこまでウーゴと触れ合っていない。たまに第二兵団を訪れる時に撫でさせてもらう位だ。残念ながら自分の匂いを覚えてもらえるほどの間柄ではないはず。そうなると、何かアキの私物を使ったに違いない。

 アキの脳裏に、昔に見た映画かドラマの光景がよみがえる。警察犬が犯人の残した手がかりを嗅いで追跡するものだ。

 果たして何を使ったのか。アキはそれがものすごく気になると同時に、自分の体臭のことまで気になってきたのだが、それを確かめる勇気はなかった。


 彼女の体に異常がないことを調べると、リーアンはもう一度シセリアの様子を診てから部屋を出ていった。


「助けてくれてありがとうね」


 ウーゴを膝に抱き上げて首をかいてやると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。

 ふと、人の気配に気づいて顔をあげると、気がついたシセリアが目を開けて不安げにこちらを見つめていた。


「……ここは?」


 アキが事の次第を説明すると、彼女はようやくつめていた息をはいた。

 充分撫でられて満足したのか、ウーゴがするりと膝から飛び降りると、シセリアは目を瞬かせて何かに気づいたような表情になる。


「あれ、今ここに不思議な生き物がいませんでした……?」

「気のせいです。ただの犬です」


 ウーゴにかけられた術の気配を察した彼女に、アキは慌ててごまかした。


 しばらくすると、イゼルが戻ってきた。


「具合はどうですか?」

「大丈夫です。何も問題はありませんでした」


 アキの言葉にイゼルが安堵の表情になる。

 彼は、ペンと紙を手にして二人が座るベッドの近くまで来た。


「お二人に聞き取りをしてもよろしいですか」


 彼の表情が仕事のものになると、アキも背筋をのばしてそれに答える。

 それから彼女は、自分の身に起きたことを必死で頭の中で整理しながら、順を追って話していった。




 シセリアとアキを攫った男は、オラルク共和国の者だった。少々魔術の心得があるようで、二人を気絶させたのも男の仕業だった。

 そのおかげで、アキが捕らえられていた建物からは怪しい魔力の痕跡が一直線に伸びていた。シセリアに昏睡の魔術を施し、馬車を走らせて逃げゆく男は、ラデクとファリスによってあっけなく捕まったのだった。


 男は、彼女の研究発表をどんな手を使ってでも妨害するよう依頼されたという。

 どうも、彼女のことを快く思わない者がいるらしい。

 わざわざ遠い異国の地で犯行が行われたのは、自国よりも足がつきにくいことと、あわよくば彼女の失踪をこの国の責務にする魂胆だった。

 シセリアに問うと、目的がわからない、と彼女は暗い表情でつぶやいた。

 男は依頼主と顔を合わせた事はなかったという。これ以上は他国のことになるため、真犯人を追う事は叶わないと思われた。


 翌日、アキたちは一芝居うつことにした。

 発表の時間をとっくに過ぎても顔を表さないシセリアに、周囲がざわめきだした頃。

 進行役はあらかじめ用意していた台詞を口にする。


「昨日より、ガドック魔術師の行方が分からなくなっているそうです」


 一人の男がそれを聞いた瞬間、この国の警備はどうなっているのかと詰り出した。


 突然、扉が開いてシセリアがその姿を見せた。

 壇上にあがる彼女と、なぜか聴講に来たヨラスの姿を見て、男は周囲から見ても明らかに動揺を露にした。

 そこを、会場に乱入してきたウーゴが男の足元で一際うるさく吠えた。

 昨日、男から押収したもののなかに、前払いされた報酬の入った皮袋があったのだ。

 依頼主の唯一の手がかりであったのだが、ごくわずかに残る匂いからウーゴは見事犯人を突きとめたのだった。


「貴殿には少しお話をうかがいたい。ご同行願おうか」


 よく通るヨラスの声が会場に響くと、男は力無くうなだれて兵士によって外へと連れ出されていった。

 王自らが動くなど、まるでどこぞの貧乏旗本の三男坊か諸国漫遊中のご隠居みたいだな、とアキが思っていると、会場のざわめきの中に聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。


「……何だあの生き物は」


 ウーゴにかけられた術の気配を感じたのか、各国の魔術師たちがヒソヒソと静かにささやきあっている。アキは再び、「これは犬です! まごう事なき犬です」と言って彼を回収したのだった。


 男はシセリアの直属の上司だった。

 彼女の発表する論文には、とある魔法陣の設計図が描かれていた。従来のものよりも扱いやすく、使用する魔力も少なくてすむ。魔術師のなり手が少ない現状を打破する画期的なものであったが、そのことにより、これまで受けていた既得権益が失われ魔力の横流しが露見することを恐れたことによる犯行だった。


 魔術師学会は波乱のうちに幕をとじた。




 その日の夜、アキの家でイゼルは尋問を受けていた。


「……私を追うのに何を使ったんですか?」

「守秘義務があるのでお答えできません」

「怒らないので」

「……緊急事態だったのでつい」


 視線を彷徨わせて動揺するも、イゼルは頑なに口を割ろうとしなかった。

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