20 先輩はつらいよ
アキ達が戻った数日後、王都に本格的な雪がふりはじめた。
積もった雪は、翌日には日があたってあっけなく溶けてしまったが、徐々に降り続く日が一晩、二晩と長くなっていき、やがて根雪となって辺りを白く埋め尽くしてしまうと、長い冬がはじまるのだ。
イェスラ王国の生き残りである三人は、王のはからいにより第二兵団の客員教授として在籍することになった。そのことに第二兵団の面々がざわつく中、「うちの平均年齢がまたあがった……」とラデクはぼやいた。
問題は彼らにかけられた言語の呪いだった。アキにも仕事があるので常に通訳をするわけにもいかなかったのだが、がぜんやる気になりだしたリーアンと三人はしばらく兵団の棟にこもった。
彼らは周囲から若干敬遠気味にされていたが、数日後、謎の技術で思念でなら言葉が通じるようになったのである。
「言語そのものが封じられているのなら、思考が直接伝わるようにすればよいじゃろうと考えたんじゃ」
まだ改良の余地はあるが、とリーアンが説明する。分かったような分からないような顔で感心する周囲をよそに、ラデクの顔はじとっと不服そうに歪められている。
「頭の中に直接話しかけてくるのが超気持ち悪い」
(気持ち悪いとはなんじゃ若造)
(この高度な技術の素晴らしさが分からぬとはひよっこが)
(魔術師の風上にもおけぬ小童め)
常に相手の思考が流れ込んでくるため、主にその被害にあっているラデクがすげなく言うと、例の三人が三者三様で言い返してくる。
「うるせぇ……」
彼はこめかみを押さえてボソリとつぶやいた。
そんなラデクはストレスがたまるのか、やたら頻繁に第一兵団にからみに行っては先輩面をするのでファリス達からは煙たがられていた。
今日も彼は日頃の鬱憤をはらすべく詰め所に顔を出すと、そこにはイゼルがいた。部下に引き継ぎをしていた彼はラデクの顔を見るなり、わずかに片方の眉をあげた。
「何か御用ですか?」
淡々とした表情だが、その顔には呆れとも哀れみともみえるような何かが浮かんでいた。
「お前のその顔、何かむかつくな」
「そう言われましても生まれつきなので」
ラデクの吐いた暴言も意に介さずイゼルは言い返すと再び手元の資料に目を落とし、部下にあれこれ指示を出しはじめた。
「うわ、先輩また来たんですか」
ちょうど通りがかったファリスがあからさまに嫌な顔をする。
「お前らもう少し俺のことを敬ってくれよ……」
遠慮の無い態度の二人にラデクが肩をさげる。
「敬意を払ってもらいたいなら、そのような振る舞いをしてください」
「そう怒るなよ」
引き継ぎはしていてもラデクの話は耳に入っていたようで、イゼルが剣呑な目つきで資料から顔もあげずに言った。
先日、イゼルは城内を視察をしていた例の三人組に、兵団の案内をするようにと団長から頼まれていた。その際、彼の畑をひと目見たズーイーが異変に気づいた。
(おい目つきの悪い兄ちゃん、泥棒が入っておるぞ)
それはもしや自分のことか? という疑問を抱きつつも、イゼルは表情を変えずに畑を見やった。
結界そのものに異変はないので彼は全く気づかなかったのだが、ズーイーはそこに魔力の残滓を感じたようだった。
言われてみれば、人参が数本引っこ抜かれたような跡がある。彼の畑に施された結界をかいくぐってまで盗みをはたらくような人物は一人しかいなかった。
「ズーイー殿、どうか私にお知恵をお貸しください」
イゼルは思い当たる人物を脳内に浮かべながら鬼気迫る勢いでズーイーに詰め寄った。
(怖い怖い怖い、お、落ち着け兄ちゃん)
ズーイーは急に殺気を漂わせるイゼルにおののきつつ、畑に施された結界を強化してやったのだった。
「いつまでも収穫しないお前も悪いんだからな」
「あれは冬越しさせるために植えておいたものです。素人は勝手なことをしないでください」
「……怒るポイントはそこなのかよ」
どうもイゼルは野菜が盗まれたことよりも、収穫時期を見誤った行いに腹をたてているらしい。
「食べたんですか?」
「あ、あぁ」
鋭い目つきでイゼルがラデクを睨むと、彼はたじろぐように答えた。
「今食べるよりも越冬した方がずっと美味しいのに馬鹿なことを……」
イゼルの目の色がみるみる冷え込んでいくのを見て、目の前にいた部下は引き継ぎについての質問をすることもできず顔が青ざめていく。
恐らく農家に生まれたものとしての矜持みたいなものがあるのだろうが、その場にいたものは皆、ラデクも含めて不可解とでもいうように困惑の表情を浮かべていた。
「……それで、今日こそは飲みに行くんだろ」
「いえ、大事な用があるので失礼します」
イゼルは引き継ぎを終えるなり、問答無用といった様子でさっさと帰ってしまった。ラデクが無言でファリスの方を見やると、彼は無駄に世の淑女が赤面しそうな眩しい笑顔を放った。
「俺は今日は夜勤です」




