最終話 その後の世界
俺とキーネは生き残った。
戦いの日々を走り抜けてついに人類の滅亡は避けることができたのだ。それでも後悔がないとは言えない。もう少し慎重だったならば仲間達は死ななかったのではないかと考えてしまう。だけどあの戦いはもう過去のことで生き残った俺達にはまだまだ問題が山積みだったから考える時間は次第に減っていった……。
*
キーネは魔王の娘だ。
それはつまり、単なる空気中の魔力から産まれた一魔族とは違って次の魔王を受け継ぐ直系の魔族、次期魔王であるということだ。
そのことをはっきりと知った時、俺の頭には一つの疑問が湧いた。
魔王は何を考えていたのだろう。
魔王は魔族の本能に支配されていたがそれに抗ってキーネを守った。どちらが本当の魔王だったのか。
キーネを守りながらも≪自爆魔法≫で己は消滅した魔王……。それは娘への親愛から起こる行動だったのか、それとも自分は助からないと悟り次代の魔王に一族の繁栄を託しただけなのか。俺は娘への愛があったのではないかと思う。
そのことをキーネに言うと彼女はひどく微妙な表情を浮かべた。なんでも魔王は他の魔族と同じで一族の繁栄しか頭になく、感情が乏しい魔族だったと言うのだ。
だがそんなキーネを見ていると思う。彼女はとても表情豊かで人間味のある優しい少女だ。その性格は魔王から受け継いだものなのではないだろうか。例えば元々の魔王が感情のない生き物だったとして、長い年月をかけて人間を殺し≪神性≫を集めているうちに≪人間性≫のようなものも獲得しつつあったんじゃないかと俺は思わざるえない。
魔王は娘を殺されかけて思わず「殺す」と叫んだ。あれは反転した言葉で本当は「殺すな」と叫んでいた筈なのだが……魔王が叫び声をあげたのはあの時だけだったのである。そこに娘を思う親の想いが含まれていないとは俺にはどうしても思えなかった。
「それでも私は魔王に情があったとは思えないです。次期魔王として莫大な魔力と魔力生産能力を父から受け継ぎましたが、あの男は私からその力を奪うことしか考えていなかったのです。私は魔王が怖かった……」
どうしてもキーネには魔王に愛があったとは思えないようだった。実際、故人の考えていたことなんて知りようがないのだからこれ以上は邪推でしかないのだろうな。
「だから助けてくれてありがとうございましたです。私がこれからも生きていけるのは勇者さんのおかげです」
「もう勇者はよしてくれ……。でも、助けられて良かったよ」
キーネと二人で人族の国に戻ると俺は英雄として迎えられたが同時に大きな問題も生み出した。キーネの処遇である。
人類にとって魔族とは会話不可能で知性が存在するかも怪しい敵性存在だ。人間と近い見た目をしているだけに嫌悪感を受ける者も多い。処刑に反対する者はいなかった。
会話が出来ないのは教会が施す≪呪い≫のせいなのだがそのことを知っているのは極一部の人間だけだ。俺はかなり人族の国々と揉めることになったが無理矢理押し通した。なんだかんだ救世の英雄である俺を国も教会も尊敬してくれてたし……恐れてもいたようで対立を避けたかったのだろう。
昔なんかの漫画で読んだことがある。魔王を倒した者が現れたということは魔王を超える脅威が現れたということだ、的なやつだな。
代わりにキーネの存在は完璧に秘匿されることとなり民衆には魔族は全滅したと伝えられた。キーネによると現状キーネ以外の魔族はすべて俺か魔王に殺されきっているらしく、また魔王エルデドランほどの魔力生産能力はキーネにはなかったのでしばらくの間はこの事実を隠し通すことができた。
そんな訳で国はそこそこ無茶な要求を飲まされ俺は厄介者になった。事ある毎に前の世界に送還する話や王族との縁談などが舞い込んできたが俺は全て断るとキーネと二人で静かに旅をしながら暮らすことにした。
派手に爆発したが右腕の権能は健在だったので魔法で変装し勇者や魔族とはバレないように各地を巡った。時には教会のエゲツない行いをやめさせ謎の儀式の生贄にさせられそうな人々を救ったり、また時には魔族の脅威が無くなったことで持て余された武力が他国に向かいかけた国へ赴き戦争を止めたり……。ん?あんまり静かじゃないな。
まあ、それは置いといて……亡くなった仲間達の故郷へも度々訪れた。ゲレオンの故国≪鉄の国≫、ガーランドの故国≪剣の国≫、そしてマルタの故国≪光の国≫。あんまり肩入れすると火種になりかねないので勇者であることはバレないように、それでいて出来る限り武力には頼らず国々の平穏を守った。
そんなこんなで長い時間を俺はキーネと過ごした。俺は権能のおかげで自殺しない限りは不老不死となっていたし、キーネは次期魔王というだけあって老いなかったので人の寿命よりも長い時間を旅した。
やがて年月を経て飽和した魔力によって新たな魔族が誕生するようになっていた。新たに産まれた魔族はキーネの性質を受け継いでいたので皆とても穏やかな性格をしていた。だからなのか魔力が暴走することも人を殺すこともなかったが、人族は魔族の存在に再び恐怖するようになった。
俺とキーネは新たな魔族が誕生するとキーネの魔王としての性質で探知し瞬間移動─魔法ではなく権能による摂理への干渉─でその場所に向かった。そして産まれた魔族を旅に加えて保護していたのだが段々大所帯となってきたので隠れ里を作ることになった。
魔族の里に適した場所を見つけると俺達は旅をやめた。旅をしていたのは一ヶ所にとどまると魔力が溜まりキーネの近くで新たな魔族が産まれてしまうかもしれないという懸念があった為で、どうやら魔族が産まれる場所にそのような規則性はないことが分かったから定住することにしたのである。
里の暮らしはとても平和でのどかなものだった。魔族の子達も平穏に過ごせていたしそのことが俺はとても嬉しかった。
その後も産まれた魔族は片っ端から連れてきたので里の人口は増え続けた。里は街に街は国となった。だが大きくなりすぎた弊害か、一部の魔族は国を抜けて旅をするようになった。
その結果、魔族の国を隠しきれなくなり人族の国々はその存在に大きく揺れた。魔族には人族への敵意がなかったにも関わらず再び戦争になろうとしていたのである。
俺とキーネは戦争を止めようと必死に奔走したが人族と魔族、互いの悪感情は高まり続けた。そして──。
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魔族国領内の集団墓地。俺はそこで一人手を合わせていた。
「勇者さん」
するとキーネがやってきて俺の隣に立ち、言った。
「今、街では人族連合アライアンスとの間で結ばれた≪永劫の平和条約≫200周年を祝うお祭りをやっていますよ。節目の年ということで大陸中で祝っているみたいですね。後で一緒に行きませんか?」
その顔は昔と変わることなく優しげで。
「そうだな。顔出しとくか」
俺はついついキーネが小さかった頃の調子で頭を撫でてしまう。
「わひゃっ!?こ、子供扱いしないでくださいよー!」
「ごめんごめん。偉大な魔王様にこんなことするのは失礼だったな」
「今じゃ魔王は名誉職です……」
キーネは美しく成長し立派な魔王となっていた。そして人族との戦争を避ける為に先頭に立って魔族の国を導いていたのである。
といってもそれも過去のことで今では政治の世界から遠ざかっていた。だが可愛い魔王様のキーネは魔族の憧れの存在として今も国の人気者なのだった。
……人族と魔族の全面戦争は回避された。
新たに現れた異世界からの勇者が襲撃するなど幾つかの困難はあったものの俺やキーネだけでなく魔族社会全体の努力と魔王エルデドランの脅威が忘れられつつある時代となっていたことが追い風になりなんとか平和を守ることができたのだ。
今では人族が魔族の国に住んでいたり、魔族の子供が人族の子供に混じって遊ぶ姿が見られたりと融和の道を歩めるようになっている。
今日俺はそのことを仲間達の墓前へ報告しに来ていた。
「……。よし、じゃあ祭りに行くか」
「もういいんですか?」
「ああ。祝いの日に湿っぽいのはアイツらも好きじゃないからな。今日は楽しもう。ふふ……」
「そうですね!それでは街に戻りましょうか!」
ウキウキとした調子でキーネが街へ歩いていく。
マルタ、約束は守ってるよ。俺はやりたいことをやって精一杯生きてこれた。これからもマルタのように誰かを輝かせるような生き方を目指してる。
俺は仲間達の墓の前から離れるとキーネを追って走り出した。
ここまで読んでくださりありがとうございました。