おまけ話 いつかどこかの茜色
夕暮れ。秋風に運ばれる木枯し。今ではあまり見かけなくなったアキアカネのつがいが俺を抜かしてどこかへ飛んでいく……。
放課後、俺は唐突に送られてきた美代さんからのメッセージを受けて隣町へおつかいに向かうことになった。わざわざ隣町まで出向く必要があったのか甚だ疑問だったが、結局俺は美代さんに言われるがままおつかいを済ませていた。そして今俺はどうにも冷える体を温めようと早足になりつつ帰路を急いでいる。
「はぁぁ……寒いな。コンビニでも寄って唐揚げかなんか買い食いしちゃおっかな……」
健全な男子高校生であるだけに俺の一日の消費カロリーは馬鹿にならない。小腹も空いたし寒いしで欲に負けそうになる。
……駄目だ駄目だ!
だがなんとかその魅力的魔の誘いを払い除けることに成功した。だって家に帰ればきっと美代さんが夕食を作ってくれている。せっかくの晩餐を前にしてジャンクフードなんかで満足しちまうのは勿体ないぜ!
それに……。
帰路を急いでいるのは寒さと空腹以外にも理由があった。何かゾワゾワとしたものが胸の奥から登ってくるような嫌な直感が俺の背中を押していたのである。それは『早く帰らないと後悔する』、そんな風に俺の耳元で囁き続けていた。
「だーもう!そんな馬鹿なことがあるかよ。ただの杞憂だ。絶対に……!」
いくら否定しようとしたところで理屈じゃないのだから不安が尽きることはない。道ゆく人々の影法師が夕闇に紛れて形を変える。そんな何気ないことですら不吉なものに見えてきて……俺はついに走り出した。
大丈夫、大丈夫……。
きっとこの不安は突然生活が明るく楽しいものになったから、いつこの幸せが崩れてもおかしくないと思い込んでしまっていることが原因なだけだ。
今が最高なんじゃない。きっと未来は今よりも楽しい。そのことをサツキが俺に教えてくれたんだ。だからきっと大丈夫。この幸せな日常に陰りなんてある筈がない。大丈夫…大丈夫……。
……しばらくして俺は美代さんが待つ筈の少し古い木造一軒家の前まで帰り着いた。だが。
「なんで家の明かりがついてないんだよ……」
まだ夕暮れだが、秋のこの時間はもうかなり暗い。他はどこの家もしっかり明かりをつけていた。
……だからなんだよ。美代さんが疲れて眠ってるだけかもしれないじゃないか。なんで俺は家が真っ暗なだけでこんなに動揺しているんだよ!
意を決すると俺はドアを開けて家の中に足を踏み入れた。
「ただいまー!美代さん寝てんのー?」
嫌な予感をかき消したくて俺は普段よりも明るい声を出す。だけど……反応がない。
「は、ははは……。なんか荒れてるけど……?」
明かりをつけると玄関が荒らされていた。靴箱が倒れている。まるで誰かが無理やり押し入ったような……。
……嘘だ。
「なんで返事してくれないんだよ!」
俺は靴を脱ぎ捨てると半開きだったリビングへの扉を乱暴に開き……。
「誕生日おめでとー!」
暗闇の中から炸裂音とともに紙テープと紙吹雪の歓迎を受けることになった。……これはクラッカー?
リビングの明かりをつける。ニコニコしたサツキと少し恥ずかしそうにした美代さんがそこには居た。
「サプラーイズ!どう?ビックリした!?」
悪戯少年のような表情でサツキが笑う。その肩には『パーティー奉行』と書かれたタスキが斜めがけにされていた。無事な様子の二人を見た俺は体から力が抜け……へたりと腰を落としてしまう。
「わわっ!そんなに驚いたの!?あちゃー驚かせすぎちゃったかなー……」
「ええと、大丈夫かい……?」
「大丈夫……。靴箱倒れてたけどあれは……」
「あっ、暗くてぶつかっちゃったんだった……。後で直しとくよ……」
サツキがしまったという顔をしてボソッと言った。そっか。別に何かがあった訳じゃなかったんだな……。
「えっ、泣いてるの!?」
「な、何故だ……サツキちゃん?」
「ごめんなさーい!美代さん!サプライズパーティーはあいつにはまだ早かったみたいです!」
早いとか遅いとかじゃないっつーの……。
心の中でぼやく。とはいえ何故泣いているのかを説明することは俺にも出来なかった。致命的で最悪の何かを回避したような感覚なんて俺にも意味が分からないのだから。
「誕生日おめでとうユウト……」
次の日。
俺は何故かクラスメイトのマツダイラに土下座されていた。
「申し訳ない!俺を殴ってくれ!」
「いきなり何を言っているんだ!?」
「俺は……俺はぁぁぁ……」
なんでもマツダイラが言うところによると、ここのところずっと狂気に惑わされていたのだという。
「俺はサツキへの想いを募らせすぎてユウトに嫉妬していた。それで……お前の周りを滅茶苦茶にしてやろうとか考えていたんだ」
「は……?」
「今ならわかる。昨日までの俺はマジで狂っていた。お前が嫌な思いをするなら……サツキですら殺してやろうなんて馬鹿みたいに取り憑かれてたんだ。でももうそんなことは考えていない。昨日、俺は運命の出会いをしたんだよ」
おいおい。別に好きな人が出来たからどうでも良くなったってことか?狂うほど好きだったのにそんなさっさと切り替えることが出来るものなのかよ。
「その人達はこの世のものとは思えない姿をしていた。多分、神仙や魍魎の類だろう」
「は……?」
「いや待て。これ見よがしに引かないでくれ。本当に神々しかったんだ。それでその人と話したことで俺は人生や愛の素晴らしさを知った。誠実な精神と幸福の相関性、公正世界への入門、黄金比の生き方を守ることで幸せの貯金になることなんて聞いたことないだろ?他にも世界の真実と言えること全てを聞いた。俺はいつかこの経験を本にしよう思う」
「そうか。勝手にやっていてくれ。じゃあ俺は教室に戻るから」
きっと彼は現代の預言者となるのだろう。俺には関係のない人生だな。
「待て待て待て!待ってくれ!」
「なんだよ……」
「本題がまだだろう!?俺を殴ってくれ!お前に殴ってもらえないと昨日までのクソみたいな自分と決別できた気がしないんだ!」
「ああもう……。分かったよ。めんどくさいな……」
俺はマツダイラをボコボコにした。誕生日パーティーの楽しかった余韻が台無しにされた気分だったから少し力が入り過ぎてしまったかもしれない。
「ユウトって結構、力強いんだな……」
するとマツダイラは頬を赤らめて俺を見た。ちなみに殴った箇所は首より下であり決して顔ではない。ゾワゾワと寒気がした俺は逃げるようにしてマツダイラから離れたのだった。
その日の放課後。
俺は裏門近くの掃除当番だった。なので箒を使い落ち葉などを集めていた。
「この作業に意味はあるのだろうか……」
俺がいくら集めようと次から次へと落ち葉は降り積もる。あまりの馬鹿らしさに俺以外の当番の子はサボってしまったようだった。
「ユウトか?」
無心で掃いていると背後から声をかけられた。俺はサボった奴らが戻ってきたのかと思い振り返ったが。
「コスプレ……?」
そこには中世の貴族のような紅色のコートを身にまとった白髪のおっさんと浅黒い肌の美女が居た。おっさんの方はシンプルに貴族然とした格好なのだが……、美女の方はかなり力の入ったコスプレをしている。ちょっと禍々しい感じの角が生えてるしカラコンだろうけど瞳が金色に美しく輝いていた。魔王コスってやつだろうか。
「やはりユウト、だな」
「んん?えーと、どなたでしょうか」
ユウトは間違いなく俺の名前だが……。なんで俺の名前を知っているんだ?知り合いじゃないよな。
「本当は姿を現すか迷ったんだが、ずっと見守ってやれる訳じゃないしこれから先の未来を考えると必要なことだろうからな。お前に大事な人達を守れるだけの力をやる。いいか、勘違いするんじゃないぞ。その力は守る為のものでお前が誰かから奪う為に渡す訳じゃない。大いなる力には大いなる──」
「おいやめろ!そういうのはコスプレ仲間とやってくれよ!」
初対面の大人相手だがふざけたことを言い出したので思わず声を荒げてしまった。
「勇者さん。一昨日ぐらいに漫画喫茶で読んだのですが今のは有名なセリフみたいですよ」
「……そうだったか。すっかり忘れていた」
おっさんがバツの悪そうな顔をする。だがセリフをパクったことを恥じるよりも連れに勇者と呼ばせていることを気にした方が良いぞ。
「まあとにかく」
おっさんは小さく咳払いすると。
「これから何度も困難が訪れて日常が壊れるようなこともあるかもしれない。それでも折れるな。独りよがりになるな。強く優しく生きろ。これはその為の力だ」
そう言って俺の頭に右手を乗せた。不思議なことに俺は身動きができず。
「じゃあな」
その二人組が去っていく後ろ姿を見つめることしかできなかった。
「何だ今の……。最○老様……?」
「ユウト、今の人たちは?」
「おわっ!サツキ!?」
呆然としているといつの間にかサツキがすぐ横に立っていた。サツキはこういうところがある。距離感が近いというのか知らぬ間に人の懐に入ってきてしまうのだ。
「あ、あー。ありゃ間違いなく危ない奴らだ。絶対に関わらない方がいい」
「ふーん。でも私、昨日会ったような気がする……」
サツキにも接触していたのか?
しかしあんな派手な二人に対してそんな朧げな印象しか残ってないのか……。
「もっと気をつけろよな」
「あははは!もし不審者に襲われたらユウトに守ってもらうから大丈夫!」
……。
「……今度は絶対に守るよ」
「え?」
「ん?いや……」
今度はっておかしいか。最近、調子が狂っているな。
「あ、そういや。サツキって誕生日はいつなんだ?」
「へ、ふぇ!?ご、ごめん。今なんて言ってた!?聞いてなかったよー!」
なぜかサツキは顔を真っ赤にして慌てている。
「サツキの誕生日だよ」
今度はキョトンとした様子になった。
「誕生日……?」
ああ。だって……。
「次は俺がサツキの誕生日を祝いたいんだ」
─終わり─
きっと今度の勇者がすべてを失うことはないでしょう。
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