Case. 00 楽園
「医者なんだから知ってると思うが、あんたの余命はあと3000文字きっかりだ」
「だからといって楽園に行けるわけじゃないことくらい分かってるよな」
もちろん分かっている。勾留中だったり、刑事罰を受けている場合、余命に関わらず楽園に行くことはできない。
「お前のことが書いてある雑誌が差し入れられてたから、後で読んでみるといい。自分がどれだけ極悪か分かるってもんだ」
せっかくの差し入れだ。読ませてもらおう。
『稀代の連続殺人鬼。文字数を利用した狡猾な手口の全真相!!』
センセーショナルな見出しだ。
現在の私の容疑は、未成年者略取および彼らに対する殺人罪だ。
前半については抗弁の余地はない。確かに私は彼らを保護者の元から同意なしに連れ出した。
殺人罪については、私は彼らを殺したとは思っていない。
雑誌の記事には、接客業の女性への殺人も視野に入れた捜査が進められている、と書かれている。そんなもの、どうやって立証するというのだろうか。
数日後には裁判が始まるらしい。
……
「……。以上の方法で、被告人は少年二人を殺害したものです」
「被告人は、黙秘権を行使する権利があります。
……、間違いありませんか?」
私は答える。
「全然聞いてませんでしたが、私が殺人を認めるということは、いま私に話しかけているあなた方も殺人未遂になるが、その辺はよいのですか? あなた方の話を真面目に聞いていたら私は死んでいた」
裁判長はそれには答えず、罪状認否を続ける。
「それは罪状否認ということでよろしいか」
「はい。あなた方が人殺しというなら話は別ですが。それと、あまり話しかけないでもらえますか? 死んでしまいます」
傍聴席から怒号が飛び、騒いだ者は警備員に連れていかれた。検察官は怒りで震えている一方で、裁判官はひそひそと何かを話し合っている。やがて、こう告げた。
「わかりました。できるだけ弁護人のみとやり取りをすることにし、あなたへの質問は必要最低限にしますので、いったんご退廷ください」
やれやれ。
次に呼ばれたのは、数日後の事だった。
「少年達を連れ去った事には異論がないと聞いています。動機をお願いします」
「彼らが望んだからです。外の世界が見たいと」
「子供が多少望んだところで、それを実現させる理由にはなりません。刺激を与えることで彼らの余命は減っていく。それでも連れ出した理由はなんですか?」
「楽園は余命文字数症候群患者の願いを聞き届けることこそがその存在意義ではないのですか? 彼らの願いを聞くことになんの問題が?」
検察官が我慢できずに叫ぶ。
「結果として二人を死なせてしまっているだろう!」
「では何も見せず、何も聞かせず、何もしゃべらせないのが彼らを生かすことになるのですか? その行為こそが彼らを殺しているということがなぜわからない!」
その言葉を聞いた検察官は、裁判長に告げた。
「裁判長。被告人の動機は今彼が述べた部分、つまり楽園に対する反抗心です。
ここに彼の診断メモがあります。これを見ると、彼は思想的に楽園を拒絶し、積極的に余命文字数症候群患者の文字数を消費せしめていたことがはっきりします。当該メモを証拠として提出します」
「被告人、このメモを読むと、本来患者の文字数消費を抑えなければならない医師でありながら、積極的に患者同士の交流を勧め、文字数を消費させているとみなさざるを得ない。何か申し開きはありますか?」
「そもそもが違う。我々がやるべきは、文字数を消費させないことではなく、患者に文字数を有意義に使ってもらうことだ。彼らがそう在りたいと望んだときに、文字数が阻害要因になってはならない」
「余命文字数症候群生活都市はそのための施設です。患者は国民の義務を離れ、実質的には余生を自由に選択できる権利を得ます」
建前どおりの主張に、笑いが漏れる。
「ふんっ、余生を選択させている、の間違いじゃないのか? 彼らの目の前に欲望という名の糸を垂らして、食いついた者を釣り上げては命を刈り取っていく。彼らはこれまでの人生と断絶させられ、なにも持たずに死んでいく。この行為こそが、殺人じゃないのか?」
「被告人の意見はわかりました」
なおも続ける。
「裁判長、あなたはそのメモを読んで、なにも感じなかったのか?」
「私は楽園の是非について意見を表明する立場にはありませんので」
「わからなかったのか? 残されたたった一つの使命のために、愛する人を思い出すことさえ許されなかった老人の慟哭が!
わからなかったのか? 楽園のせいで本来与えられるはずだった己を省みる時間を奪われ、これまで大事にしてきたはずのものに何も残せなかった男性の後悔が!
わからなかったのか? 愛を知り、生きる意味を見いだせたと思ったのに、それが全てフェイクだと知り、混乱のまま死んでいった若者の絶望が!
少年たちはもっと悲惨だ。楽しむ事も悲しむ事も、考える事さえ奪われた彼らは、最早生きてるとは言えないじゃないか!」
私は一気にまくし立てる。
「我々医師の仕事は、患者に有意義な余生を送ってもらう事だ。患者同士の交流を促した動機なら、それで合ってるよ」
「わかりました。これ以上はお身体に障りますので」
「私は私がしてきた事を説明するのに余命を使う事には、何の躊躇もないよ。
そういえば、レンタル彼女をやっていたあの子には悪いことをした。別に殺すつもりはなかったが、人生の最期の500文字を絶望に染める彼女の行為は許し難かったんだ。本人も図星を刺されたと思ったから、文字数を使ってしまったんだろうな。
という訳で、私の話は終わりだ。全ての余命文字数症候群患者に楽園の真実が伝わる事を祈るよ」
私はそう締めると、体調不良を理由に退廷した。そして二度と出廷する事はなかった。
判決は、殺人を含めて有罪。被害者に文字数を消費する旨を通知することなく当該行為を働いた場合、未必の故意に相当するとの事だ。
一方で楽園の存在意義については、尊厳死の是非も相まって喧々轟々の議論が交わされているようだ。
30000文字あった私の命もあと600文字を切っている。最期くらいは、幸せな夢を見せてくれないだろうか……
「オッサン、オッサン! いいかげん起きろ!! そろそろ帰ろーぜ」
「ジュン君……? あぁ、夢か」
体を起こすと、そこにはジュン君とリョウ君がいた。
「ずっと君達に謝りたかった。本当は君達を連れ出す気なんてなかったんだ。連れ出したら君達がどうなるか分かってたからね。
けれど、こっそり車の後ろに忍びこむ君達を見て、ここの子供達だって、好奇心や悪戯心があるんだ、普通なんだな、って思うとどうしても我慢できなかったんだ。
この病に対して、生命を奪うか人生を奪うかしかできなかった私でも、君達になら希望を見せてあげられる。そう思って行動したんだ」
彼らは黙って聞いてくれている。
「けれど、本当は後悔してる。君達を犠牲にしなくても、楽園を変える方法があったかもしれない。君達は楽園が変わった後に、ゆっくりと自分の文字数を何に使うか考える時間があったかもしれない。
だからこれは、余命が迫った私の自己満足に過ぎないんだ。私の身勝手に付き合わせてしまって、本当にすまない」
「気にしてないよ。なあ、リョウ?」
「うん、楽しかったよ」
彼らはそう答えてくれる。良かった。
ジュンは続ける。
「これからもいっしょにあそんでくれるんだろう? 色々教えてくれよな!」
私は微笑み、目を閉じた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




