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Case. 0 余命文字数症候群

「大変申し上げにくいのですが、あなたの余命はあと30000文字きっかりです」


「余命が文字数の方ですか……。念のため、一体どういうことか教えてもらえますか?」


「既にご存じだとは思いますが、言葉の意味そのままです。あなたはあと30000文字しか生きられません。30000文字に到達したと同時にあなたはコロリです。ほら、やりとりをしている間に150文字も使ってしまった」



医師が患者に対してこのような宣告を行うようになってからもうどれくらい経つだろう。



『余命文字数症候群』



 そう名付けられた奇妙な病は、余命が会話や本人のモノローグ等の文字によって消費されるという稀有な特徴をもつ病だった。

 特筆すべき点は、寿命を迎えるその瞬間まで至って健康体でいられるにもかかわらず、目の前に迫っている死を認識できるというところにある。

 おとなしい人生に満足している者であれば静かに余生を過ごすことでその死と向かい合うことができるが、目前に迫った死に対しておおらかな気持ちでいられる者はそれほど多くない。



 この病が世間に認知されてしばらくすると、余命文字数症候群によって寿命が迫った若者たちの自暴自棄な行動が問題視されるようになった。

 しかしながら、未来を奪われ、失うものもない彼らに対しては、社会道徳や刑罰といった犯罪に対する一般的な抑止力も効果が薄いため、現在の刑罰を盾にして義務を課すような法律では、彼らを止めることが難しいのも事実だった。


 そこで当時の政府が、余命文字数症候群罹患者による問題行動の抑止力として打ち出したのが、『余命文字数症候群罹患者余命価値向上プロジェクト』である。


 このプロジェクトの目玉となる政策は、『余命文字数症候群生活都市』の設置にある。通称『楽園』と呼ばれるこの都市は、余命文字数が3000文字以下になった患者のみが移住することができる。

 家族を連れてくることはできないものの、楽園に移住した住人には、かつてその高水準なベーシックインカムで名を馳せたナウル共和国も真っ青になるような高水準の福祉政策が施される。


 例えば、住に関して言えば住居の家賃が無償で高級マンションだろうと一軒家だろうと借りることができ、衣食、つまり洋服の購入や食事についても大変な贅沢ができるようなベーシックインカムが支給される。

 残り少ない寿命に対して、最大限ストレスのない生活を送ることができるように、との配慮だ。



 一見至れり尽くせりなプロジェクトに見えるが、実際には余命文字数症候群患者を楽園に【閉じ込めておく】ために、様々な制約が存在している。



 一つ目のポイントは、ベーシックインカムを楽園内でのみ流通・利用可能な独自通貨(通称:楽園ポイント)で行っているところにある。

 つまり、楽園にいる限りはお金持ちで何でも好きなことができるものの、他の場所に行ってしまうと元の生活に逆戻りというわけだ。

 当然、楽園から他の場所への物品の持ち出しは禁止されており、転売等による楽園ポイントの還元はできなくなっている。



 二つ目のポイントは、保有している通貨や物品について、死後に所有権が放棄される点である。

 すなわち、楽園内においては遺産を残すことができないため、患者は楽園に移住する前に財産をすべて家族等に贈与しておくのが一般的だ。


 このルールによって患者は家族との別れをあらかじめ済ますようケースが多くなった。

 定期的な連絡や家族に思いを馳せることは文字数を消費させる、といった医学的な観点からも早期に別離を済ませることは非難の対象にはなりづらく、社会との繋がりが途絶えることで楽園の住人は人目を気にせずより自堕落な生活を送るようになった。



 三つ目のポイントは、通常であれば許可されないような様々なサービスが、特別立法により許可されている点にある。

 特にギャンブルや夜職といった規制が厳しい業界に対して、患者の欲求をできるだけ可能な形で叶える必要があるということで、大幅な規制緩和が実現されている。


 これらの規制緩和については、特に楽園で働く一般従業員の人権等の問題があり紛糾したものの、楽園の設置趣旨でもある「自暴自棄になった患者の欲望の暴発を防ぐ」という観点でどうしても必要だということで、成立した経緯がある。



 すなわち、現在では冒頭の病状説明の後に以下の説明が行われるのだ。


「楽園についてはご存じですか?」

「詳しくは......」

「残り3000文字を切った段階で、あなたは余命文字数症候群生活都市、通称楽園に移住することができるようになります。

 楽園では何不自由なく暮らすことができ、あなたの余生を満足させるのに十分なサービスが整っています。

 ただし、死後楽園にあるあなたの財産は国のものとなりますので、それまでに家族らに財産の譲渡を行うなり、自分のために使ってしまったりしてください」


「家族は?」


「家族は楽園に移住することはできません。楽園に移住する場合は、移住前、文字数に余裕があるうちにお別れを済ましておくことをお勧めいたします。質問は文字数を消費してしまいますので、詳しくはこのパンフレットをご覧ください」


 診断の段階で余命が3000文字以下だった患者に対しては文字数のみを伝えてパンフレットを差し出す。

 過剰なインフォームドコンセントは、患者の寿命を縮めてしまうのだ。



 長々と説明してしまったが、この『余命文字数症候群罹患者余命価値向上プロジェクト』は、会話も思索もできるだけ控えなくてはならなくなった患者たちにとってはまさに希望の光となった。


 余生で富豪生活を約束された彼らは、日常の慎ましやかな生活にも耐えるようになり、結果として彼らの犯罪率は激減した。


 税負担は増えたものの、人々は治安の改善に対して政府の政策に一定の評価を与え、患者も福祉の充実に満足している。



 だが、本当にこれでいいのだろうか。

 医者として文字数を伝えるたびに思う。


 余命を伝えたあと、嬉々として家族にさよならを告げる者。

 これまで数十年積み上げてきた実績のある仕事をやめ、趣味に走ってしまう者。

 ずっと自分を律し周りからの信頼を集めてたのに、楽園で欲望にかまけてしまう者。



 もちろんそんな人たちばかりではない。


 楽園に行くことを拒否して最期まで家族とともにあろうとする者。

 残りの文字数をかけて自分の使命を全うしようとする者。


 そういった者たちも存在するのだ。


 だからこそ、この『余命文字数症候群罹患者余命価値向上プロジェクト』は真の意味では患者の未来を奪っているように見えてしまう。


 もちろんそうしなければならない者たちもいるだろう。

 だが、安易に別の人生を用意することは、彼ら自身のこれまでの歩みをなかったことにしてしまうように思えてならない。



 一度感じてしまったこの疑問は、どうやっても拭い去ることはできなかった。

 楽園に移住した彼らは、何を考えて今を過ごしているか。


 後悔はしていないだろうか。


 いまわの際にはどういったことを考え、最後の文字を消費しているのだろうか。



 楽園に行こう。


 私はこれまで彼らに楽園への移住を勧めてきた責任がある。

 彼らの最期を見届けなければ、私は自分の患者を見捨てたことにはならないだろうか。

 医師として彼らを見捨てるような選択はすべきではない。



 早速私は現在の仕事を辞め、楽園での医療従事勤務希望書を提出した。


 彼らの生活を観察させてもらい、私の懸念が杞憂であることを確かめさせてほしい。

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