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25 マント

 シルビアは両手の掌を仔猫に静かに近づける。状態を感じ取っているのだろうか、変化が無いまま時間が経っていく。

 国王も姫もその様子を心配そうな顔で見つめている。

 少しづつだが仔猫の体が淡い光で覆われ始めた。

 その光は徐々に大きくなっていく。

 仔猫は完全に光で包まれ、暫くするとその光はすーっと消えた。


「もう大丈夫だと思うわ」

 仔猫を見ると眠りから覚めたようにゆっくりと目を開けた。

 姫様は仔猫を見て涙を流し喜んでいる。

「ありがとう、ありがとう御座います」

 国王は、姫様の肩に手を置き、満足そうに微笑んでいる。

 執事もほっとしているようだ。

「シルビア殿、ありがとう御座いました。この後、我々は何をすればいいのでしょう?」

「取り敢えずお腹が減っているようなので、いつも通りの食事をするのがいいと思うわよ」



 ミルクが目の前に置かれると、仔猫は自ら近寄ったあとペロペロと飲み干し元気が戻ったようだ。

 傷も癒され、お腹も満たされ、安心したのか仔猫は姫様の腕の中で直ぐに眠りについた。



 その後、莫大な報酬を受け取り、引き上げようとしている俺達を国王がじっと見ている。

「二人まとめて王宮騎士になってくれんか?」

 ここも丁重にお断りした。


 国王は諦め切れ無さそうな表情を俺達に向けるが、それもつかの間、笑顏を向けた。

「そうか。残念だが仕方が無い。今日は大儀であった。これからはいつでも好きな時に遊びに来るが良い。いつでも歓迎する」

「はい。ありがとう御座います」



 キュイは大人しく待っていたようだ。というか、芝生の上でずっと寝ていたらしい。王宮にいきなり来て爆睡できるなんて大物だな。



     §



 王宮からゲートハウスに向かって寄り道しながら歩いているとルナが何かを見つけたようだ。

《アース、シルビア、あの店を見てください》

 ルナが指差す方向を見てみると店が何軒か並んでいる。

「どれだ?」

《あの武具屋です》

 見た目は新しいが、そこらに有るただの武具屋にしか見えない。


「武具屋がどうかしたのか?」

 シルビアも首を傾げている。

《看板をよーく見てください》

 そう言われて見てみると、店の看板には【武具店ガット】とある。

「え?」

 武具店ガットといえばランスベルにあった亜空間鞘を買った店の名前と同じだ。

 シルビアも不思議そうに見ている。

「ガットさんのお店よね? 看板も似ているし」

 確かに俺の記憶からしても看板のデザインはガットさんの店のものと同じように見える。

《似ているのではなく、ランスベルにあった看板そのものです》

 疑問をいだきながらもその店に向かってみることにした。



 扉を開けてみると、カランカランという音と共に聞き覚えのある声がした。

「いらっしゃいませ」

 その声の主を確認すると、間違いなくランスベルで店を構えていたはずのガットさんだった。

 俺達が驚いていると、ガットさんも驚いたような顔をしている。

「あっ、アースさん! それにシルビアさんも!」

「やっぱりガットさんの店だったんですね」

「はい、つい最近オープンしたんです。ついに王都に店を出すことができました」

 満面の笑みで、本当に嬉しそうだ。


「凄いじゃないですか」

 そう言いながら店の中を見渡してみた。

 店の広さはランスベルの時よりは微妙に広くなっているが、それでも8畳ほどで他店と比べるとかなり狭い感じだ。聞くと、敷地的にはもっと大きく取れるらしいが、注文生産専門なので見本が置けるスペースが有れば十分なのだそうだ。それよりも、工房を広く取ることにこだわったとのこと。


「これも全てアースさんの御蔭です」

「え? 俺? …… 俺は何もしていないと思いますけど」

「いえいえ、亜空間鞘を宣伝して頂いたじゃないですか。アースさんに聞いたという王宮騎士の方が数名ご来店頂けまして、それから暫くしてから大量発注を頂いたんです。今でも作り続けているほどの量なんですよ。制作スキルもかなり上がりましたし、嬉しい限りです。御蔭で王都に店を持てるまでになりました。王都に来てからは剣も順調に売れていますし、ほんとアースさんのお陰です。本当に有難うございます」


 王宮の騎士が亜空間鞘を使っていた理由がようやく分かった。

「いやいや、たまたま最初に買ったのが俺だってだけで、俺が買わなかったとしても流行ったはずですよ。他に類を見ないスグレモノなんですから」

「ありがとう御座います。ですが、アースさんでなければ王宮騎士の方の目に止まるのはずっと先だったと思います」

 そこまで言われると、そう思ってしまいそうだ。

「まあ、何れにしろ良かったですね」

「はい、有難うございます」



「それで今日はどうされましたか? ご用件などありましたらお伺い致します」

「いえいえ、通りすがりに見知った看板があったので寄ってみただけです」

「さようでしたか。でも良かったです。アースさんにお礼を申さないととずっと思っておりましたのでようやく肩の荷が下ろせました」

「はは」



 感謝されるばかりだと居心地が悪いので話題をかえよう。

「ところで、新作なんかはありますか?」

「今は無いんですよ。暇を見つけて開発は行っているんですけどね」


 店内を見ていたシルビアが、一つの防具をじっと見ている。

「この白いマントかわいい。フードも付いてるし。これって女性用よね? ちょっと着てもいいかしら?」

「構わないですよ」

 少し高級っぽいマントだ。防具と言うより普通の衣装として使用できそうだ。

 シルビアは早速羽織っている。


 その様子を見ていたガットさんだが、俺に向き直ると申し訳なさそうな顔をする。

「でも、あれは売り物では無いんですよ」

「え、そうなんですか。何か曰くのある物なんですか?」


 ……


 ガットさんはなんだか言いにくそうだ。


「話せないのであれば、聞かないので大丈夫ですよ」

 そう言っても何やら考え込んでいたが、おもむろに顔を上げた。

「ただの飾り用のマントなので。と普通の人にはそう言うのですが、アースさんには正直に話します。それはまだ開発途中のものなんです」

「開発中?」

 マントを開発ってどう言うことだろうか。

「ええ。理論的には機能は出るはずなんですが、起動するのに膨大な魔力の充填が必要なために動かせないんです。まあ、完成品でありながら実質未完成の代物ですね」


「ほう。マントに機能って、どんな機能なんですか?」

「開発中なので他言しないで下さいね」

「ええ」

「絶対防御です」


 ……


「へ?」

「物理攻撃、魔力攻撃を完全に防御できるんです。充填した本人が発する魔力に同調して強度の物理結界と魔力結界をマントの表面に常に展開します。さらに、内側は衝撃吸収が展開されますので、相当な衝撃でも気にならないほどに減少します」

「それは凄い」

「ただし、本人が着用していない場合は同調しませんので、そこらで売っているマントと強度は変わらないものになってしまいますが」


 ……


 そんな事が可能なのか?

《物理結界や魔力結界を展開する据え置き型の装置は世の中に有りますので、理論的にはおかしな話ではありません。ですが、魔力的に燃費は悪く、あまりにも不経済なので一般人にはほとんど普及してないようです。それに、装置そのものが巨大なため現状では人が持ち運ぶことは不可能な代物ですね》

 小型化に成功したということか。


「充填するにはどの程度の魔力が必要なんですか?」

「それはもう考えられない程で、Aランク魔法師の10倍位という途方もない量が必要なんです」

 ガットさんは、はははと力無く笑っている。


「10人居れば動かせるってことですか?」

「いえ、同じ人の魔力じゃないとダメです。しかも途切れることなく充填する必要があります。なので、必要魔力が最低でも10分の1のものを開発しないとAランク魔法師でさえ起動できないということなんです」

 ガットさんは、自分で言っててガックリと項垂れている。


 据え置き型の装置の場合は、同じ人の魔力なんて制約は無く、それこそ魔物の物でも良いという。充填も分割して行うことも可能らしい。そのためか、装置は大型化し燃費は最悪で緊急時以外は日の目を見ることは無いとのこと。

 このマントは制約有りきで設計を一から行い小型化にこぎつけたのだという。


「もっと小さい防具にするのはどうなんでしょう?」

「小さくしても起動に必要な魔力量は同じなんですよ。パーツが複数になる分必要な魔力量が逆に増えてしまう結果となってしまうんです」

 そう言いながら両手を少し上げてお手上げと言わんばかりだ。


「あぁ、だから全身を包めるマント型なんですね」

「はい。一度充填して起動さえできれば、充填した魔力を使い切るまで効果は落ちませんし、1ヶ月ぐらいは持つはずなんですけどね」



 ガットさんから説明を聞いている中、シルビアが目がキラキラさせている。

「私、やってみたい」

「え? 充填をですか?」

「うん」


「…… ご説明したように、途方もない魔力が必要ですので不可能かと思います」

「こう見えても魔力量には自信があるのよ?」


 ……


 ガットさんはしばし考え込んでいたが、シルビアのキラキラ目を見て断るのを諦めたようだ。

「分かりました。では、充填の方法を教えます」

 シルビアが羽織っているマントの内側を見てみると、そこに充填口となる取っ手のようなものがある。そこを握ってその取っ手に魔力を送り込めばいいらしい。


 それとは別にマントの内側にもう一つ黒い布のようなものが貼ってある。これは、充填度合いがわかるものだという。充填を始めれば部分的に白くなっていき、全て白で埋まれば充填完了だそうだ。充填完了すると起動するそうだが、起動したかどうかは、本人が体感で分かるはずだという。

「じゃあ、行くわよ」

「くれぐれも魔力の枯渇には注意してくださいよ?」

「うん」

 ガットさんはちょっと呆れ顔だ。

「では、どうぞお試しください」



 シルビアはマントの内側の黒い布を俺達に見えるようしながら充填を開始した。

 直ぐに、黒い布に小さな白い点が出現した。

「充填が始まりましたね」

 点が2つ3つとゆっくり増えていく。その点はあまりにも小さく、黒い部分が全て埋まるには相当な時間がかかりそうだ。


《このペースだと2時間くらい掛かりますね》

 シルビアが焦れったそうにしている。

「魔力を流し込むスピードは速くてもいいの?」

「はい、途切れさえしなければ、それこそどんなに速くてもいいはずです」

「そうなのね」

 そう言うと、点が増えていくスピードが一気に早まった。



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