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カミサマが助けてくれないので復讐します  作者: つくたん
ドラヴァキア山脈
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竜の卵

シルヴィールの身体が淡く発光している。徐々に強くなるそれに呼応して、地面が揺らいだ。

「…っと、帰るわよ!」

ドラヴァキアの大地が振動している。天変地異の前触れのような地鳴りがする。こんな状態で交戦するほど愚かではない。皇女の強奪はまた今度としよう。今はとにかくこの場を脱する。

双剣を腰の鞘に差したシャオリーはこの状況でも戦おうと隙を窺うラクドウの裾を引っ掴み転移武具を起動する。決着はお預けだ。またね、と言い残して転移魔法で消えていく。

「何…」

アルフがゴーグル越しにシルヴィールを見る。武具の反応はない。それどころか、自分たちをここまで連れてくるのに使ったのであろう空間移動の武具の反応もない。さっきまであったはずだ。

そのシルヴィールの輪郭がぼやけていく。光でにじんでそう見えたのではない。まるで岩石が崩れるようにぼろぼろと身体の末端から崩壊していく。崩れた破片は空気に溶けて砂のように風にさらわれていく。

それに応じて地面が揺れる。大地が隆起し、遠くの尾根がこちら側に向かって巻き込むように盛り上がる。あっという間に地に横たわるシルヴィールの目の前に岩の山が築かれた。見上げても頂上が見えないほどだ。これ一つでひとつの山岳ができるのではないかというほどの。

ぱきん、とシルヴィールの身体が文字通り割れた。まるで肉体という殻を捨てて中身が露出したように。砂のように崩れた身体から現れたのは、ぼんやりと光る丸い球体だった。ひとかかえほどもある丸い卵。鈍く銀色に光っている。

竜族に死という概念はない。ふと、以前ユグギルが語って聞かせた言葉をアルフが思い出す。肉体の死こそあれど、魂の死は存在しない。何度だって生まれ直す。

その話を聞いた時は意味がわからなかったが、成程、こういうことか。竜族は死ぬと肉体を捨てて魂を卵に還して転生するのだ。捨てられた肉体は砂となり、竜族が愛する大地に還る。

「だけどこの地震と何の関係が…おっと!」

揺れる地面にバランスを崩して転びかける。その首根っこを隣にいたバルセナが掴んだ。だがこれは立っている方が危険だ。座るか伏せたほうがいい。

「みんな、大丈夫か!」

「ダイジョーブ!」

振動に備える猟矢たちの前で、岩山が崩れていく。不思議と音はしない。岩山が崩れ、そこに大きな空洞ができた。何処まで続いているのだろう。深部は判然としない。奥へと向かってひゅうひゅうと風が流れていく。

その風に乗って、シルヴィールだった竜卵が奥へと吸い込まれていく。ほんのりと帯びる燐光の残滓さえ消えるほど深く吸い込んだ洞窟は、元あったように閉じる。再び岩山となったそれは、また地鳴りと振動を伴って崩れていく。さっきまでの光景を逆再生するかのように。再び地平線に尾根が見えるようになった頃、地響きが止んだ。

「何だったんだ…?」

遠くから山を眺めていた者は見たかもしれない。山が"首をもたげた"ということに。否。山ではない。堅牢なるドラヴァキア(巨大な岩竜)。あの伝承は本当だったのだ。

伝承に語られた巨竜が伏せていた首を持ち上げ、背中を振り返った。そして一息で竜卵を吸い込み体内に取り入れ、そしてまた再び元のように伏せたのだと。その一連の動作を理解できたのはドラヴァキアの地より少し離れたニルド森林の廃屋で様子をうかがっていたシャオリーくらいなものだろう。

「…わぁ、すごい…」

竜族が転生するという話は聞いたことがあるが、まさかこういうこととは。首を持ち上げた巨大な岩竜はシルヴィールを飲み込み、再び伏せた。

不可侵条約を結ぶ前、パンデモニウムが虐殺した竜族の死体は何処に行ったのだろうと疑問に思っていたが、その処理方法がよくわかった。遺体はあの巨大な岩竜の体内だ。死んだ者たちが転生するまでその体内で保護し、そうやって今まで竜族は転生を繰り返してきたのだ。

ということは竜族の始祖の時代からこの地にいたのか、この巨大な岩竜は。転生する竜族を体内に取り入れて保護するために。その背中が山脈となるほど遥かな年月を。この大地に伏せて。それならば"堅牢なる怠惰の大地"と呼ばれるのも納得する。気が遠くなるほどの時間をずっと寝そべって過ごしていたというのなら、怠惰と呼ばれても仕方ない。

思えばシルヴィールはあの地を一度も山とは言っていない。愛する大地と呼び、ドラヴァキアと言っていた。山脈でないから山とは呼ばなかったのだろう。

成程ねぇ、と呟いたシャオリーは転移魔法を起動する。これはぜひとも報告すべき事柄だろう。

一方その頃、アルフの耳に通信による伝令が入る。バハムクランの主要な人間に配布されている通信機だ。時空に干渉する武具は距離を越えて声を届ける。

「何があった?」

ともかく帰還を、と促すユグギルの声に応じる。今すぐ戻るとの旨を伝えて通信を切る。

ここにいても何もやることもやれることもないだろう。同盟、竜族、いまいち消化不良だ。それに幾度となく中途半端なままで終わるシャオリーとの対決も。

釈然としない表情でアッシュヴィトは出しっぱなしだった石門を消す。魔力の接続を断ち切ったことで求心力を失った石門は指輪に戻る。

「ナンダカネェ……」

マッタク、前途多難だヨ。呟いた声は"ラド"の転移魔法の起動音で消えた。

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